LITTLE MERMAID
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<19>
 ヤズー
 

   

 

 

「まったく……おまえらしくもない……驚いてしまうではないか」

「しーっ、しーっ、ヴィンセント、こっち」

 早朝に戻ってきて、自身のベッドに何食わぬ顔で滑り込むつもりだった。

 だが、そのもくろみは外れてしまう。

 朝の早いヴィンセントと、なぜかセフィロスが起きていた。説教のはじまりの予感に、俺は部屋を出るように、彼らを促した。

「ごめん、ごめん、ちょっとね。夜の散歩を王子と楽しんできたんだよ」

 心配顔のヴィンセントに、極力軽くそう告げた。

「それならそうと言ってくれればよかったのに。……心配したのだぞ、本当に」

「いや、ヴィンセントもよく眠っていたから。わざわざ起こしてまで、話す必要はないと思ったからさ」

 やや大げさな手振りで俺は、心配顔のヴィンセントに告げた。

「それでどこに連れて行ってもらったんだ。楽しそうな場所なら、オレも足を伸ばしてみよう」

 そういうのはセフィロスだ。

「言っておくけど、いかがわしい場所じゃないからね。……昨夜だけのお祭りがあったの。そこで踊って、帰りはふたりで朝焼けを見たんだ。綺麗だったなぁ」

 俺の言葉に、ヴィンセントが苦笑した。

「……まぁ、何事もなかったのなら、それで良いのだが」

「ないない。ホント、何事もなかったよ。物騒なことはしていないしね」

「アホか。同じツラとはいえ、おまえのほうが気に入られてどうする。あの女を何とかしてやらなきゃならねーんだろ」

 セフィロスがもっともなことを言った。

「はは、それについてはセフィロスの言うとおりだね。とにかく夕べのことは、唐突なお誘いだったからね。心配掛けてゴメン。さぁて、お風呂もらってこよう」

 ヴィンセントのお説教を、そうしてかわしながら、俺は湯をもらいに部屋を出たのである。

 今頃、王子はベッドに潜り込んでいるのだろうか。

 夜通しのファイアーストームに付き合ったのだ。さすがの彼も休息をとっているだろう。

 

 

 

 

 

 

 水源が豊かなこの地方ならではなのだろう。

 王宮には、いつでも湯が満たされている、湯殿がある。

 ほこりっぽくなった衣を脱ぎ、そこに浸ると、ようやく人心地ついたような気分になった。

 ほんの数時間前まで、炎のまわりで踊っていたのに……まるであれが、何かの夢のように感じられる。

 土地から土地へ、彷徨い歩くジプシーの群れを、王子はうらやましいと言っていた。

 一国の王子だからこその言葉だったのかも知れない。

 セフィロスそっくりのあの気性だ。もっと自分の好きなように、道を選んで生きたかったのかも知れない。

「ふぅ……」

 適温の湯が肌に染み渡り、昨夜の疲れを拭い取っていく。

 風呂に入っている間中、あの王子のことばかりを考えていた自身に、苦笑が漏れた。

 セフィロスの言うとおり、王子には何とか人魚姫ちゃんを好きになってもらわなければならないのに。

 同じ顔した俺が、こんなに彼のことを考えている状況は想定していなかった。

「まぁ、別にいっか。好きになっちゃったワケでもないんだし」

 自身に確認するようにそうつぶやくと、ゆでだこになる前に湯から上がったのであった。

 

 部屋に戻っても、まだまだ早い時間なので、起きているのはヴィンセントだけだ。セフィロスは寝直しにでも行ったのだろうか。

 だが、それは俺にとって好都合だ。

 ヴィンセントになら、昨夜のことを正直に話しても、大丈夫そうだと感じたからだ。

 

「ねぇ、ヴィンセント。一国の王子って縛り、けっこうキツイみたいなんだよね」

 そんな風に俺は語りかけた。

「彼がそのような話を……?」

 と、ヴィンセントが問い返してくる。

「うん……まぁ、そうはっきり本人が言ったわけではないけどね」

「おまえにはずいぶんと気を許しているのだな。弱音が吐ける相手がいるというのは良いことだ」

 茶器の準備をしながら、ヴィンセントが穏やかにそう言った。