LITTLE MERMAID
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<20>
 ヤズー
 

   

 

 

「さすがに眠いんじゃない?」

 俺は小声で彼に耳打ちした。

 午前の政務を終えた王子が部屋へ顔を出したのだ。

 昼食を我々と一緒にとろうと、気を利かせてくれた。

「別にあれくらいなんともない」

 強がりでもなさそうに、王子は席に着いた。もちろん、彼の近くの席に、人魚姫ちゃんを座らせ、俺は彼女の向かいに腰を下ろした。

 目の下に淡くクマが張っている彼は、少々血色が悪くやつれて見えた。

 

「……午後は時間があいているのでな。後で部屋で休もうと思う」

 心配そうな面持ちの人魚姫ちゃんに彼はそう言う。

 王子はあまり食がすすまないのか、半分くらい手を着けたところで、席を立った。

「すまないが部屋に戻る。皆はゆっくりと食べてくれ」

 口数少なくそう言うと、王子は退席していった。

 

「ヤズー……彼は具合が悪いのでは無かろうか。大丈夫……なのか?」

 ヴィンセントが小声で俺に声を掛けた。

「単なる寝不足でしょ。一眠りして目が覚めれば、食欲も戻ると思うよ」

 ヴィンセントと人魚姫ちゃんを心配させないように、俺は声を励ましてそう言った。

「後で部屋を訪ねてみるよ。心配はいらないんじゃないかな」

「そうか。そうだな……おまえには気を許しているようだし」

 ヴィンセントがゆっくりと頷いた。

「さぁ、それはどうかわからないけど。大丈夫、ちらっと様子を見に行くだけだから」

 人魚姫ちゃんが心配そうな顔をしているのに、

『大丈夫』

 と声を掛けて、俺も食堂を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ちょうど午後の三時。

 お茶の時間を見計らって、俺は王子の部屋を訊ねることにした。

 ノックに返事がなければ引き返そうと考えていた。眠っているのをわざわざ起こすつもりはなかったし、顔をちらりとでも見られればそれでよいと思っていたからだ。

 

 重厚な彼の私室の扉を、軽くノックする。

 わずかな間隙の後、

『開いている』

 という無愛想な声が聞こえた。

「俺だよ、入るよ」

 軽く声を掛けて、扉を開いた。

「おまえか。どうしたのだ」

 巨大な寝台に腰掛けながら、王子がつぶやいた。

 昼時に見た正装ではなく、裾挽きの長衣を身につけている。やはりこれから休むつもりだったらしい。

「あぁ、ごめんね。寝るつもりならそれでいいの。顔色が悪かったから、ちょっと覗きにきただけ」

 俺はそう応えた。

「ヤズー、こっちへ」

 王子が寝台の上から手招きする。俺は素直に、彼の傍らに足を運んだ。

「どうしたの。あぁ、寝付きがよくなるようにお茶でも淹れようか?」

「そんなことはいい。ふぅ、嫌でなければ、私が眠るまで側についていてくれないか。おまえなら安心だ」

「俺ならって……」

「刺客でないことは知っているしな。おまえは騒がしくないし、付き合いやすい」

「刺客って……どういうこと。命を狙われたことがあるの?この城内で?」

 つい詰問するような口調で俺はその部分を聞き返した。

「子どもの頃に数回な。あの当時は俺の存在が邪魔で仕方がなかった連中がいたから……」

 これもお家騒動の問題なのだろう。彼は軽口を叩くように言っているが、当時はどれほど恐ろしかっただろう。

「……今は大丈夫だよ。俺たちも着いているし、あなたは立派に成長して、この国の為政者になっている」

「……そうだな」

 ため息混じりに王子がささやいた。

「さ、眠って。昨夜の疲れも残っているんだから」

 俺がそういうと、王子は言われるがままに目を閉じた。