LITTLE MERMAID
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<21>
 ヤズー
 

   

 

 

「……どうした、ヤズー。浮かぬ顔だな」

 手洗いにでも行っていたのだろうか。廊下でヴィンセントと一緒になった。

 そして声を掛けられたのだが、俺はそんなに沈んだ顔をしてしまっていたのだろうか。彼の声には多分に心配が含まれていた。

「え、ああ、ヴィンセント。いや……そんなことはないんだけど」

「……王子の容態が良くないのか?」

「ううん、そんなことないよ。今はもう休んでいるし」

「そうか」

 ヴィンセントが頷く。

「……ちょっと重い話聞いちゃってね。最初はセフィロスそっくりの、ただのわがままで自分勝手な王子様だとばかり見ていたんだけど。思いの外苦労人みたいよ」

「……どういう話なのだ」

 ヴィンセントが部屋に入らずに、誰もいない廊下でそう訊ねてきた。

「んー、子どもの頃から命を狙われたりとか……あったみたい。これまでそんな話、全然してなかったんだけど、俺とは少し気安くなってくれたせいか、話してくれたんだよ」

「……気の毒に」

 ヴィンセントはため息混じりにそうつぶやいた。

「あの王子を支えられる女の子じゃないとダメだね。人魚姫ちゃんにその覚悟があるのかどうか……」

「女性は最愛の人のためならば、力を尽くすからな」

「そうだよね。語って聞かせる話じゃないよなァ」

 俺も寝不足なのか、頭が少しクラクラする。

「ヤズーも疲れた顔をしているぞ。少し眠った方がよいのではないのか」

「ヴィンセントは心配しすぎだよ。俺は大丈夫」

 心配性の彼に言って聞かせる。

「おまえはいつも自身の健康を過信しすぎなのだ。今、茶を淹れてあげるから、それを飲んだらベッドに入ること……いいな」

 母親のようなヴィンセントの物言いに、逆らう人間は我が家にはいない。

 部屋に戻ると、彼はすぐに暖かなハーブティーを淹れてくれた。それを飲むと自然にとろとろとまどろんでくる。

 ベッドに潜り込むとあっという間に眠ってしまったらしい。

 次に目を覚ましたのは、何と夕食の時間だったというのだから、まぬけた話だ。

 先に風呂をもらい、食堂に行くと、いつもと変らぬ表情で席に着いている王子が居た。

 

 

 

 

 

 

「……舞踏会?」

 王子の言葉を、ヴィンセントが繰り返した。

「ああ、面倒なことだが。よければおまえたちも出席してくれればいい。……いや、出席しろ。俺の側にいてくれ。虫除けだ」

「ちょっとちょっと、なによ、虫除けって」

 俺は聞き返した。

「ニュアンスでわかるだろう?舞踏会はしょっちゅうやっているが、今週末のは年に一度の公式なパーティなんだ。そうなれば俺の妃候補たちが集まる」

「妃候補って決まっているものなの?」

 俺はさらに突っ込んで訪ねた。

「いや……なんとなく、だ。正式な通達はまだ無くて、候補を希望する女たちが俺のまわりに集まってきている状況だな」

 人ごとのように王子が言った。

「ジジイどもはいろいろ考えて策を巡らしているところだろう」

 城の重臣らのことを、そんなふうに語った。

「王子自身はどうなの?気になる女の人とかいるの?」

 これはクラウド兄さんが訊ねた言葉だ。

「いない」

 王子は即答した。

「別に女が嫌いなわけじゃない。ただ面倒くさくてな」

「まぁ確かに。政略結婚だのという話になってくっと、煩わしいんだよね。わかるわかる」

 兄さんがさも理解したとばかりに腕を組んで、うんうんと頷いた。

「……君のいうとおり、舞踏会に出席するのはやぶさかでないが、女性たちの邪魔をするのはどうにも……」

 ヴィンセントがしどろもどろになりながら、そう言った。

「皆、君のことを想って、側に来たがるのだろう?そう考えれば……」

「……純粋に俺を想っている女なんていないさ。いずれこの国の最高権力者になる俺の、妻の座が欲しいだけだ」

 しんと場が静まりかえる。

 嫌な雰囲気の沈黙が空間を支配した。