LITTLE MERMAID
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<24>
 ヤズー
 

   

 

 

 巨大なシャンデリアに、大理石のテーブルがホールの脇に並んでいる。

 華やかなドレスを身に纏った女性たちと、それに劣ることなく、飾り立てた男性も数多く居た。

 まるで漫画で見る『舞踏会』という世界が、そこに広がっていた。

 

「これはまたすごいね……シンデレラちゃんの世界で行った、王宮の舞踏会を思い出すよ」

 ヴィンセントにそういうと、彼も即座に頷いた。

「ヴィンセント、男にナンパされないようにね。あなたは綺麗で目立つんだから」

「いや……そ、そんなことはない。ヤズーこそ、気をつけたまえ。なんと言ってもおまえは、人魚姫にそっくりなのだから」

「ちょっとちょっとふたりで褒め合ってないでよ。女の人たちこっち見てるし、早いトコ、人魚姫ちゃん連れて、王子さまのところへ行かないと!」

 兄さんに促される。

「そうだった。行こうか」

 俺は彼女の手を取り、ホールの真ん中で女性たちの相手をしている王子を目指した。

 

「ああ、来たか……」

 王子は我々の姿を見つけると、安堵したようにため息を吐き出した。

「先約があるので失敬」

 彼は取り巻きの女性たちの間をするりとすり抜け、すぐに俺たちの方へ歩み寄った。

 それは当然、彼女らの目線をこちらへ向かせた。

「ヤズー、遅いぞ」

 王子はふて腐れたようにそう言った。

「ごめん、ごめん。俺たちの支度にちょっと手間が掛かってね」

「……まるで兄妹だな」

 水色のドレスに身を包み、髪をやわらかく結い上げている彼女と、正装した俺をまじまじと眺めて低くつぶやく。

「ふふ、どう?綺麗でしょ。彼女も俺も」

 おどけた調子でそう訊いてやると、彼はまともにその言葉を受け、

「……ああ、綺麗だ」

 とささやいた。

 

 

 

 

 

 

「一曲お相手願えますか?」

 王子が、人魚姫ちゃんに手を差し出し、そう告げた。

 彼女は白い頬を桜色に染めると、素直に手を差し出した。

「さ、ヴィンセント。俺たちは王子のとりまきのお嬢さんたちを引き受けよう」

「あ、ああ、だが、その、どうすればよいのか……」

「簡単だよ。女の子たちにダンスの相手を申し込めばいい」

 俺はそう答えると、人魚姫ちゃんを、うらやましそうに眺めている女性たちのところへ行った。

「ふふ、よかったらお相手願えますか?」

 大人しそうな娘に、手を差し出す。彼女は頬を赤らめながら、俺の手を取った。

 くるりと見回すと、打ち合わせどおりに、ヴィンセントや兄さん、カダたちまで女性に『取り囲まれて』しまっている。

 俺は女性たちとダンスを踊りながら、さりげなく人魚姫ちゃんを見守る。

 王子が穏やかに微笑み、人魚姫ちゃんがまっすぐに彼を見つめる。

 まるで絵のような……そう使い古された例えだろうが、そこだけ花が咲いたように生き生きと美しく光り輝いていた。

 

 しかし、俺がちょっと目を離した隙に、王子様はヤッテくれたのである。

 いつの間にか、人魚姫ちゃんの姿も見えない。

 ダンスパーティにかこつけて、ふたりして姿を消したのだ。人魚姫ちゃんのほうから仕掛けるはずはないので、王子が彼女を連れて行ったのだろう。

 それは俺にとって、喜ばしいことと言えるのに、なんとなく寂しい気分になった。