LITTLE MERMAID
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<25>
 ヤズー
 

   

 

 

 

「ヤズー……王子と姫が……」

 ヴィンセントがそっと耳打ちしてきた。

「うん、気付いてる。さすが王子様、手が早いこと」

「そのように茶化して……」

「だって、喜ばしいじゃない?あのふたりの仲が親密になってくれれば、俺たちにとってもありがたいことなのだから」

「そうだが……そのうち、彼の姿が見えないことに皆気付くぞ」

 ヴィンセントが困惑したようにつぶやいた。

 

 と、ちょうどそのときであった。

 王子だけがホールに戻ってきたのである。

 女性たちが彼に群がるが、むしろそれを嬉々として受け入れ、王子はダンスを始めた。

 

「ちょっとちょっと、どうしちゃったのよ。人魚姫ちゃんはどこへ行ったの」

 俺は慌てて、列を掻き分けて王子の側に行こうとしたが、ヴィンセントに肩を押さえられる。

「ヴィンセント?なに……」

「しっ……ヤズー……わからないか?」

 ヴィンセントが俺の耳にこそりと語りかける。

「……あれはセフィロスだ」

「え……っ?」

 くすくすとヴィンセントがいたずらっぽく笑う。

「え……な、なに……ホント?」

 思わずヴィンセントに訊ね返す。

「ああ……纏う空気が異なる」

「もう!それじゃ、あのふたり、最初から結託して……?」

「ふふ、いたずら好きな王子とセフィロスだ。困ったものだな」

 まったく困っていない様子で、ころころと笑うと、ヴィンセントはまたダンスに戻っていった。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、王子様」

 曲の変わり目に、俺はセフィロスを引っ張ってきた。

「……んだよ。俺は王子とあの女に協力してやってんだろ」

 よそ行き用の笑顔を保ちながら、セフィロスは俺にそう言い返した。

「いつの間に打ち合わせしたのよ。まったく!」

「まぁ、おまえをだまくらせたのはいい気分だ。安心しろ、王子とあの女は奥のテラスで休んでいる」

「ホント?安全な場所なんでしょうね」

「王子がそういうから大丈夫なんだろうよ。それよりもおまえもほら、女どもの相手をしろ。俺のほうばかりに来られちゃ迷惑だ」

 セフィロスはそういうと、しっしっと俺を追い払う素振りを見せた。

「まったく……!こっちが心配ばかりすることになって!」

 俺は憤懣やるかたなく、肩をすくめた。

 王子が俺をのけものにして、よろしくやっているのが不愉快なのだ。いや、違う。ふたりが上手くいくのが嫌なのではない。

 ただ、大切なはかりごとであるならば、もっとも身近にいるのかもしれない、この俺に一言告げて欲しかったのだ。

 

 セフィロスの真似っこ王子は、結局見破られることなく、舞踏会は無事に終わった。

 王子が……もといセフィロスが、笑顔を振る舞って、ホールから退場していく。

 先ほどまで華やかだったホールの灯りが消えていき、ひとときの夢が泡のように弾けていく。

 

 俺たちもそれぞれ自室に引き上げた。

 先に部屋に戻ったらしい人魚姫ちゃんは、ドレスを着替えることもなく、頬を染めて夢見るように呆けていた。

 

「人魚姫ちゃん? 大丈夫?何かされたりしなかったでしょうね?」

 その白い手を握りしめ、ついつい詰問する口調で訊ねた。

 しかし彼女は緩やかに首を振り、側に置いてあったメモ用紙にペンを走らせる。

「月の下で、静かに語らった……これ、本当?」

 彼女はコクコクと頷いた。

 

 ……しゃべれない女の子相手にどう語らったっていうのよ。

 

 思わず心の声を口に出しそうになって、俺は咳払いをしてごまかした。