LITTLE MERMAID
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<27>
 ヤズー
 

   

 

 

 

「残念だけど、俺には帰らなければならない場所があるんだよ」

 俺はそのままの姿勢で王子に向かってそう言った。

「……知っている。あの者らと元の世界へ戻るというのだろう」

 彼は俺の髪をいじりながら言い返した。

「そうなんだ。大切な家族だからね」

「……残念だ。せっかく気の合う者たちと思っていたのに」

 冗談でもなさそうに、王子がつぶやいた。

「あなたが気が合うのは、うちのセフィロスでしょ」

「……それだけではない。ヴィンセントもクラウドも、可愛らしく感じる」

 だが……と彼は言葉を続けた。

「おまえが一番欲しい。……姫と同じほどにな」

「ふふん、ちょっといい気分だね。そこまで言ってもらうと」

 冗談でもなく俺はそう告げた。

「……安心しろ。あの姫は私が大切にする。……したいとそう思えたのだ」

「うん、良かったよ。俺たちが帰れるとかそういう問題を抜きにしても、心から良かったと思えるよ。彼女は本当にあなたのことを想っているから。その願いが叶ったことが一番嬉しいんだ」

「……いつ、戻るのだ」

 王子が静かに訊ねた。

「うーん、正確な時間とかはよくわからないんだよね。たぶん、もうまもなくとしか言えない」

「なるほど……まもなく、か」

「うん、今夜か明日か……どうなのかな」

 シンデレラや白雪姫の物語のときは、2、3日の有余があった。だが、今回も同じとは言い切れない。

 

 

 

 

 

 

「……今夜、私の寝所まで来てくれぬか」

 王子が手にした髪を手繰って、俺の耳元でささやいた。

「今夜……」

「そう、今宵だ」

「さぁてどうだろ。その頃にはもう元の世界に戻ってしまっているかもしれないし」

 俺は冗談でごまかそうとした。

 だが、少なくとも彼は本気だったらしい。

 腕をとられ、ぐいと抱き寄せられた。形のよい唇が、俺の口を塞ぐ。

 

「……俺には大切な子がいるんだよ、王子様」

 唇を解放されて、俺はそう告げた。

「別にかまわない。……私のことを嫌いでなければそれでいい」

 穏やかな物言いだが、どこか熱を孕んで耳朶をくすぐる響きがある。

「……考えておくよ」

 俺はそう言い残して、王子の腕をすり抜けた。

「疲れているんでしょ。少し休んで」

 音を立てずにドアを閉め、皆の居る部屋に戻ったのである。

 

「戻ってきたか、ヤズー。彼を怒鳴りつけたりなどはしなかったろうな」

 ヴィンセントが果物を剝きながら、俺に声をかけてきた。

「まさか。まぁ、少々うらみごとは言ったけど、ご愛敬だよ」

「そうか、ふふ……」

「それより、人魚姫ちゃんのこと、上手く行きそうだよ。王子が姫を気に入ったみたい」

 俺はなによりも、貴重な情報をヴィンセントに話した。 

「へぇ、そいつはどういう風の吹き回しだ。ついこの間まではずいぶんと他人行儀な態度だったのに」

 ベッドに寝ころびながらセフィロスが訊ねてきた。

「あなたの策略が上手くいったんでしょ。昨晩の王子との入れ替わりの時間、彼らはずいぶんと親密に語り合ったようだよ」

「ふん、まぁ、もともとおまえそっくりのツラは気に入っていたみたいだからな。終わりよければすべて良しだ」

 そのわりにはどうでもよさそうに彼は言い放った。

「そ、それでは、彼女は……」

 ヴィンセントにひとつうなずいて、

「うん、とりあえずハッピーエンドにはなりそうだよ。俺たちの仕事も終わりってコトだね」

 そう応えた。

 

「ヤズー、茶が入ったぞ、テーブルに……」

「うん、ありがと」

 と頷いて、テーブルの椅子を引いた。

「これで一安心だよ。後何日で家に帰れるのかはわからないけど、こちらの世界での滞在時間はもうそれほど長くないと思うよ」

 ジャスミンティーのさわやかな風味が口腔を満たす。

 そう……この摩訶不思議な世界での残り時間はわずかなものだろう。後いくつの夜を数えたらコスタ・デル・ソルに戻ることになるのか。

「え、と、ヴィンセントには言っておくね」

 俺はセフィロスに聞こえないように、彼に声を掛けた。

「今夜、ちょっと王子様からお誘いを受けてんの。抜け出すけど、気にしないでおいてね」

「ま、また、どこかに出掛けるのか?ふ、ふたりで大丈夫なのか」

 いかにもヴィンセントらしいセリフを口にする。

「さぁ、どうだろ。でもとにかく問題ないから。あらかじめ言っておいたのは、またヴィンセントに心配掛けちゃうと困るからだよ」

 軽い調子でそういうと、ヴィンセントは苦笑しつつ頷いた。