Love letter
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<1>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 



  

「ふあ〜ぁ……」

 俺は大あくびをしながらサンダルをつっかけた。

「あれ、兄さん、どこか行くの?」

 とヤズー。

 こいつは、なんつーか、まぁ、弟みたいなもんで……綺麗すぎて似てないけど……でも、「兄さん」って呼ばれるんだから、そうなんだよ。うん。

 そのあまりにも美人過ぎる弟が、外に出ようとした俺に声を掛けてきた。

 ちょうど、玄関の花瓶の花を取り替えていたのだ。コスタ・デル・ソルの別荘が、相変わらず清潔で見栄え良くに保たれているのは、ヴィンセントと気配り上手で綺麗好きな彼のおかげだろう。

「もうすぐお茶の時間じゃない?」

「ううん、郵便取りに行くだけ。バイクの音、聞こえたし」

「そ、ありがと、お願いね」

 と、彼は言った。

 一応、家計を担っている(とはいっても、大した稼ぎではないが)俺に気を使ってくれるヤズー。ヴィンセントと一緒に家事一般を取り仕切ってくれているのが彼なのだ。

 セフィロスの思念体とはいえ、意地悪大魔王かつ居候のセフィロスとはエライ違いである。

 がちゃりと開き戸の玄関扉を開けると、カーッと真夏の日差しが照りつけてくる。

 ここはコスタ・デル・ソル。常夏の島だ。

 

 エアコンが無いきゃ、一日たりとも生きていけない俺だが、この島にもうっすらとした四季の区別はある。

 今はちょうど、秋……というか、連日カンカン照りの真夏よりは、気温の落ち着いた時期になる。

 そうは言っても、昼間は充分水に入れる気温だし、昼下がりのこの時間なんざ、こうしてちょっと家の外に出ただけで、じわりと汗が滲む暑さなのだ。

 あ、秋かな?と感じられるのは、陽が落ちてから後で、ランニングなどで外を歩き回っていると、冷えた海風が心地よいのだ。ヴィンセントはちゃんと上着を身につけるけど、俺などは夜でもノースリで充分である。たまにちょっと寒く感じることはあるけどね。

 

 ひょいと瀟洒な作りの郵便受けを開け、中のものを取り出す。

 ほとんどが安売りのチラシなどで、たいしたものは入っていない。気の早い夕刊を手にし、一応、チラシも掻き集めて室内に戻った。

 俺が郵便物を気にするのは、ティファに指摘されてからだ。

 電話をしてもまともに出ない、メールの返信もほとんどない、せめて手紙くらいはチェックしなさいよ、と。

 そんなことをいいながらも、結局、ティファやシドなど、用件があれば遠慮なく携帯に電話してくるし、大抵はメールで済ませている。

 だからそれほどポストの中身を気にする必要はないのだが……一度習慣になったせいか、なんとなく確認しないと気が済まなってしまった。

 

  

 

 

「ああ、クラウド、よければお茶にしないか?」

 居間に戻ると、ふんわりとよい香りがした。

 午後の三時はティータイムっていうけど、そんな習慣、もちろん俺にはなかった。この家に住んでから、ヴィンセントがその時刻に、軽いお菓子とお茶を勧めてくれるようになり、午後のティータイムという至福の時間を持つようになったのだ。

 手先が起用なヴィンセントは、男六人という大所帯にも関わらず、必ず手製のおやつを用意してくれる。それがまた売り物以上に旨いのだから感心してしまう。

 元タークスのガンマンとして、右に出る者はいないとまで言われた、優秀なエージェントなのに、人は見かけによらない。

 いや、見かけに寄らないって言い方はちょっと違うか。

 ヴィンセントの外見は、むしろ元軍人なんて言われる方が信じられないような様子で……有り体に言えば、ものすごく美人で。

 少しクセのある艶やかな黒髪、深いワイン色をした紅の双眸……肌の色は白いを通し越して、ちょっと不健康な蒼白さで……そこがまたそそるんだけど。

 一緒に旅をして苦楽を共にした仲間という以上に、今は誰よりも大切なパートナーだ。 ……もっともここに至るまでは紆余曲折あったけどね。

 

「ああ、ほら、ヴィンセントも座ってェ。後は俺がやるしィ。あ、ねぇねぇ、これもちょっと食べてみて。あなたの手作りには負けるけど、けっこう美味しいと思わない?」

「あのねあのね、ヴィンセント。今度お買い物に行くとき、僕も連れてって! 青物市場行きたいの。欲しいものあんの!」

「うるせーな! ガキどもッ! おい、ヴィンセント、茶ッ!!」

 

 ええ、今でも十分紆余曲折中なわけなんですけどね……

 ったく、この家は、俺とヴィンセントふたりきりの大切な空間だったのに!!

 ……確かに真夏の暴風雨に耐えきれなかったボロ別荘を、今の快適な新築にできたのは、連中のおかげでもあるけど……あるけど……!!

「ちょっ、アンタら、ヴィンセントに甘ったれるなよ! あー、ほら離れて離れて!!」

 野郎ども、居候の分際でッ!戸主は俺なのに。

 何の遠慮もなくヴィンセントにくっついてくる同居人ども。殺伐とした日々に別れを告げ、平和と愛に溢れて(?)生活していたこの家に、図々しくも押し入って来やがり、ちゃっかり居候を決め込んだ迷惑野郎どもだッ!

 因縁アリアリのセフィロス。そしてその思念体であるカダージュ、ヤズー、ロッズの銀髪三兄弟ども。俺にちょっとは遠慮するくらいの可愛いヤツらなら、こうも毒舌を吐く気はないさ。でも遠慮どころか、俺の大事な人にちょっかいを出しまくり……仕事で家を空けることも落ち着かない有様なのだ。

 もっともヴィンセントにいわせれば、俺が居ない間、他に人が居てくれるのは、安心できるということなのだが、そんな可愛い連中じゃあないだろう!

 

「……クラウド、お茶が冷めるぞ。マフィンを焼いたのだがよければ……」

「うん、食べる食べる!」

 郵便物を脇に置き、俺はそそくさと手洗いを済ませ、自分の席に着いた。

 ヴィンセントが、温めたカップにお茶を注ぎなおしてくれる。ふんわりと鼻腔をくすぐる紅茶の香り……こんな優雅な一時を持てるなんて、少し前までは考えられなかったことであった。

「どうした?……クラウド」

「ううん、なんでもない。お茶、美味しいね!」

「ああ、ふふ……この前、街に出たときに見つけたのだ。こちらでは手に入らないと思っていたのだが……」 

 そう前置きをして、ヴィンセントはどこぞの有名ブランドの茶葉の説明をしてくれた。 残念ながら、そういった知識は赤ん坊並みの俺だ。どこのお茶の風味が何風で、種類がどうでなんてことは、ぶっちゃけどうでもよくて、ただヴィンセントの静かなレクチャーの声を聞いている方が楽しかった。

 

 ……ようやく元気になってくれたかな?と思う。

 DG事件がなんとか決着を見て、少し落ち着いた後にも、ずいぶんと短期間に色々あった。未だに説明のつかない『とりかえばや』事件に『うらしま』事件。

 特に後者の『うらしま』事件は、ヴィンセントにとって、ものすごく衝撃的なイベントであったらしく……

 ああ、『うらしま』っていうのは、俺が勝手にそう呼んでいるだけで、本当はなんと説明していいかわからないような不可思議な出来事なのだ。

 「空間の歪み」とあちらの世界の『セフィロス』は言っていたが、俺には今ひとつ理解し切れていない。だが、現実にそれを体験してしまった身としては、理解できるできないに関わらず、そういうことが起こりうるのだと認識するしかないと考えている。

 まったく異なる時空に存在するであろう別空間が、何かの拍子にリンクし、継ぎ目ができる。そしてその『亀裂』を利用して、一時的に繋がった向こう側の世界へ行ったり来たりすることが可能なのだ。

 

 話は反れたけど、そういった不思議な現象のせいで、別世界に居る『セフィロス』がこちらへやってきたのだった。

 腰までとどく長い髪に氷の双眸……淡い色味の口唇に細いあぎと……どこからどう見てもウチのセフィロスと同じ造形なのだが、その世間ずれした行動様式と、冗談かと思えるような日常生活への無知さ加減……言うなれば、おとぎ話の姫君のごとき疎さが、ヴィンセントの心の琴線に触れたらしいのだ。

 負傷してからこの家に来て後、つきっきりで面倒を看たのは、もちろんヴィンセントで、食事の世話、身の回りのこと、散歩のお供まで、嬉々として大きな子どもの母親の役目を果たしていた。

 その彼が短い感謝のメッセージを残し、姿を消してから早いもので、そろそろ一ヶ月が過ぎようとしていたのだ……