LOVELESS
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<28>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 再び、ジェネシスが口を開く。

「ネロ。頼む、引いてくれ。……エンシェントマテリアがどういったものなのか、くわしくは知らないが、それがあったからといって必ずしもヴァイスの状態に有効だとはわからないのだろう?」

「……ええ。そうですね。どのレベルの効用があるのかは未知数です。ですが、ヴィンセント・ヴァレンタインはカオスを……そして兄さんはオメガを降臨させました」

 忌まわしい過去を口にされ、身体の奥底から苦いものがこみ上げてくる。

「そして彼は、カオスを制御するのに、エンシェントマテリアの力を借りていました。そうですね?」

 こちらに向けて問いかけられたのだろうが、私は沈黙を守った。返事を必要としているようには感じられなかったから。それにジェネシスが私の前から動こうとしなかったからだ。

「……確かに、特殊なマテリアなのだろう。想定外の力を持つのかも知れない」

「そのとおりですよ、ジェネシス」

「だが、それはあくまでも『かもしれない』だ。予想の範囲を超えないんだよ、ネロ」

「…………」

 ネロの暗い瞳がジェネシスを凝視する。ジェネシス本人の表情を見取ることはできないが、彼の口調はひどく穏やかで、まるで兄が聞かぬ気の強い弟を宥めているようにも感じた。

「私はヴァイス兄さんを元に戻してやりたい。そのためなら何でもしますよ」

「…………」

「僕にはもう彼しかいないのですから」

「ネ、ネロ……」

 ネロの物言いはあまりにも切なくて……私はじっとしているのが苦痛になった。せめて彼を慰めるだけでも……そう思って、私は口を開いた。

 ジェネシスは困惑した風に、背後の私に視線を投げかけたが、敢えてそれに気づかぬふりをした。

「ネロ…… つらいのだな、可哀想に……」

「……ヴィンセント・ヴァレンタイン」

「おまえにとってヴァイスが大切な兄だということはよくわかる。そして何とか彼を治してやりたいと心を砕いていることも……」

「…………」

「エンシェントマテリアは私の体内にとりこまれているのだ。……今、どんな状態であるのかはわからない」

 私はそっと自らの腹を押さえつつ、言葉を絞り出した。

「……だが、これがなければ私はカオスに飲み込まれていたのだと思う。普段、意識することはないが、呪われた能力を有する私には、この『護符』が必要なのだ」

 かき口説くような私の言葉に、ネロは口を挟むことはなかった。眉一つ動かすでもなく、ただ黙して話を聞いている。

 『カオス』だの、『呪われている』だの……本当は、ジェネシスの前で口にしたくはなかった。

 クラウドやセフィロスには『甘い』と言われるかもしれない。だが、ジェネシスと出会って、彼が自信のない私を勇気づけてくれたこと、『女神』と呼ばい、ずっと昔から想っていたなどと信じがたい告白をしてくれたこと……

 それらはとても『嬉しかった』のだ。私は喜んでいた。

 表面上は困惑すると言ったものの、心の奥底ではこんなふうに私を想ってくれ、欲してくれる彼の存在に歓喜していたのだ。

 だからこそ、こうして私を守る側に立ってくれた彼に、自分のことで嘘をついたり、隠し事をする気にはなれなかった。

 

 

 

 

 

 

「ネロ…… すまない。何もしてやれなくて。愛する者を思う気持ちがどれほど苦しいのか知っていながら……おまえを救ってやれない私を許して欲しい……」

「め、女神……」

 そういって頭を下げた私を、ジェネシスが慌てて宥めた。

「……ネロ、おまえのおかげで気づくことができたのだ。初めておまえと出会ったときは、いつ死んでもいいと……この星を守るために死ねるのなら、それも本望だと思っていた」

 私は、セフィロスが聞いたら、「ボケナス!」と怒鳴り、殴られそうなセリフを口にした。

「……ええ、そのようでしたね。結局貴方は最期まで自分のことより星の命を優先させようとしていた」

 低くネロがつぶやいた。

「だが……」

「だが?」

 先を言い出せない私を、ネロが促した。

 ……ためらいがあったわけではない。私の正直な気持ちだから。

「だが……今は……」

「…………」

「……今は違うのだ、ネロ」                                      

「どういうことです?」

「……私はもう……星のためだけに死ぬつもりはない」

 断定的な私の物言いに、ネロはかすかに目を瞠った。

「ヴィンセント・ヴァレンタイン。ずいぶんと短い間に気持ちが変わってしまったのですねェ」

 皮肉の棘をはらんだ彼の物言いもまったく気になりはしなかった。

「私は……生きたいと願っている。大切な人たちと一緒に」

「…………」

「私が自ら命を捨てる選択をするとしたら、家族や友を守るためだけだ」

「……女神……君は……」

 かすれた声が耳に入ったが、ジェネシスを振り返りはしなかった。私の想いを受け取ってくれさえすればいいのだ。

 明敏な彼は、『家族』という単語と『友』を敢えて並列に並べたことに気づいてくれたのだろう。そう、ジェネシスはすでに私にとって大切な友人なのだ。

「すまない……ネロ」

「…………」

「結果的に、おまえの求めに応じることはできそうにない。……生きたいんだ……」

「そうですか。貴方はこれからもずっと、大切な人々と共に生きたいと……そういうことなのですね」

「……ネ、ネロ……すまない…… だが、ようやく……そう思えるようになってきたんだ。だから……!」

「女神……もう十分だ。ありがとう。……わかっているよ、君の気持ちは」

「ジェ、ジェネシス……」

 今度こそ、ジェネシスはそっと私の肩に手をかけ、後ろに下がらせようとしてくれた。

「ええ、ヴィンセント。わかりますよ。貴方が自らの家人を愛するのと同様に、私は兄さんを何よりも大事に思っています。彼のためならば何でもするつもりなのですよ」

 ネロはやや芝居がかった仕草で両手を開き、口上を述べた。 

 その刹那……

  

 ガゥンガゥン!

 

 と、銃弾のはじける音が私から思考を奪った。爆音と同時に、すぐ側でバチッという何かが弾き飛ばされるような音……

 その瞬間、私は強く後方に突き飛ばされていた。