〜 あの懐かしき日々 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<28>
 
 セフィロス
 

 

 

 せっかく、皆で平穏に暮らしているのに、過去に言及しては、どうしても仇同士という関係であったことを思い出さずにはいられない。

 ……ヴィンセントがクラウド本人から、オレのことをどう聞かされたかは知らないが、少なくとも、あの子の故郷を焼き払い、母親を殺し、古代種の女をも手に掛けたのは事実なのだ。

 

「少なくとも今のクラウドは、君のことを憎んだりなどしていない。も、もちろん、内奥に押し込んだ気持ちもあるかもしれないけど、『仕方がないことであった』と理解しているはずだ」

 ヴィンセントは熱心にそう言った。

「そうだ。『23才現在のクラウド』はな」

 すぐさま、そう切り返すと、彼はハッと顔を上げ、血の色の瞳を揺らめかせてオレを見つめた。

「セフィロス……?」

「……あの子が神羅に入社してきたのは、確か14才の頃だった」

 昔話をするつもりではなかったが、そんなふうに口火を切った。

「あれが15の年になったときには、多分、もう側に置いていたと思う」

「そ、そうか……」

 ヴィンセントにとっても、関心の強い事柄なのだろう。興味津々というのを気取られないように、真面目なツラをしてオレを凝視するのが、こんな話をしているにも関わらず、なんだかひどく可愛らしく見えた。

 

「まぁ、あの頃はオレも、普通のソルジャーで…… 退屈な毎日ではあったが、特に何の不満もなく、楽に生きていたな」

「その頃の君に、逢ってみたかったな……」

「フン、くそまじめなおまえのことだ。きっとオレの怠惰な生き様にすぐさま愛想をつかしただろうよ」

「そ、そんなことは……!」

「ふ……まぁ、いい。それよりクラウドのことだ。おまえも知ってのとおり、子供の頃のあの子は、ソルジャーになることを夢見ていた。オレに対する憧憬の念も強かったのだろう。きっと、オレとのああいった関係を、田舎の少年が受け入れられたのも、憧れの気持ちが背を押していたからだと思う」

「…………」

 ヴィンセントは納得いかなさそうな面持ちをしたが、オレの言葉を遮ることはなかった。

「当時は神羅が全盛を極めていた時期だからな。当然オレも忙しかったし、クラウドとそういう仲になっても、あの子にかまっていられる時間はそれほど多くなかった」

「……それはそうだろうな。君はトップソルジャーとして、最上位に君臨していたわけだから」

「大げさだ、ヴィンセント。軍人の中では高い階級に居ただけのことだ」

 そういうと、もごもごと口の中で、「昔の君は意外にも過小評価なのだな」と小さくつぶやいた。

 

「……それで、セフィロス?」

「ああ。……どうしてもソルジャーは、危険な任務に赴くことが多いし、子供の頃のクラウドには、ずいぶんと心配を掛け不安にさせたのだろうと思う。我慢させたことも多かっただろう。だがあの子なりに健気に、オレの身を案じてくれた」

「……そうか」

 嬉しそうに、ヴィンセントは頷いた。目下こいつの恋人の話なのに、まるで母親が自慢の息子を誇るような面持ちである。

 

「あの子に戦闘のなんたるかをたたき込んだのもオレだ。剣の使い方から、リミットブレイク、マテリアの制御法…… それからガキが興味津々になるような悪いことも、色々とな」

 そういって唇の端で笑うと、ヴィンセントはまるで自分がその現場を覗き見たように、真っ赤になってしまった。

「……クラウドにとって、オレは恋人であり、憧れのソルジャーであり…… 多分、父親の面影を追っていた部分もあるのではないかと思う。確か、あの子の父は、幼少の頃に死んでいたはずだ」

「そうか…… 君の存在は本当に大きなものだったのだろうな。身一つで田舎から出てきた少年にとっては、君が全世界だったといっても過言ではないだろう」

「ああ、そのとおりだ」

 オレは敢えて、彼の言葉を否定せず、全面的に肯定した。

 だからこそ、次に繋がる話が、どれほどクラウドにとって残酷なことだったのか、ヴィンセントが理解しやすいようにだ。

 

「……だがな、ヴィンセント。オレはそんなあの子の信頼と尊敬を、自己都合で無惨に踏みにじった。恋人という関係ですら、顧みる余裕がなかった。ただひたすら自分のことだけしか考えずにな」

「セ、セフィロス……」

「あの子との関係を一方的に終了させ、仇の立場に回ったのはオレの意志だ。……そう、オレだけの都合なんだ。クラウドは一度たりとて、そんなことを望んだ日はなかっただろう」

「…………」

「ずっと信じていた最愛の人間にすべてを奪われ、傍らで共に過ごした数年の年月を否定され、剣を交えて殺し合う。……全部、オレがそうさせたんだ」

「セフィロス……もう……」

 ヴィンセントが、ソファのテーブル越しに、放り出したままのオレの手を握りしめてきた。

 細い指がわずかに震えている。

 ヴィンセントにとっても残酷な話だろう。
 
 案の定、俯いた頬から水滴がこぼれ落ち、ガラステーブルを濡らした。