In the middle of summer
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<1>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

 月に一度の大掃除DAY。真夏の大掃除は厳しい。
 
 ここが常夏の国、コスタ・デル・ソルならばなおさらである。

 

 俺の別荘の住人が六人になって、はやいもので既に四ヶ月。

 その間、梅雨のバカンスにも出掛けたし、まぁいろいろあったが、月日の経つのは早いものだ。

 

 そして、今日は、朝から大掃除だ。

 言葉通り、家中をみんなで掃除する。やはり人が増えると家の傷みも激しいし、物品の購入や不要品の処分など、ふたりでいたとき以上に生活に手間暇がかかる。これまでは半年に一度程度で十分だったが、今では一、二ケ月に一度、実施しているのだ。

 

 幸い予定していた今日、天候にも恵まれた。

 俺たちは、朝飯を終えた後、ヴィンセントの指示の元、さっそく作業にとりかかっていた。

 

「ヴィンセント〜! 窓拭き終わったぞ、あと、何すればいい?」

 指示を出すというよりも、自分ひとりで動こうとするヴィンセントの先を制す。

「え……ええと、あ、ああ、そうだな……では、すまないが広間の絨毯を外に虫干ししてもらえるか」

「オッケー! ちょっと、セフィ! 手伝わないんなら退けよ!」

 俺は言った。皆が忙しく立ち働いているときに、堂々とソファに寝転がっているその神経が許せない。

 

「チッ……騒々しい……別に掃除なんかしなくたって死にはせんだろ」

「アンタたちが来て、家が傷みまくってんだよ! 掃除くらいマメにしないと長持ちしないだろ」

「フン、貧乏人が」

 悪態をつくセフィロス。

「なんだとッ! 居候のくせに偉そうなこと言うなッ!」

 俺が怒鳴ると、ヴィンセントが困惑したように、側にやってきた。

 

「クラウド、セフィロス……ふたりともよさないか……」

 

「ちぇッ……」

「フン」

 俺たちがぷいと顔を背け合うと、俺の大切な人は眉を顰めて吐息する。

 

「ゴメン、ゴメンねって。ヴィンセントがそんな顔することないだろ? セフィロスが悪いんだからさ」

「なんだとクソガキ。もう一度言ってみろ」

「なにをッ!」

 ふたたび剣呑な雰囲気になったところ、今度は別の人間が割り込んできた。

 

「ヴィンセント〜、じゃ、ちょっと俺たち、買い出しに行って……あ〜あ……なぁに、もう、またやりあってるの、兄さんたち」

 ヤレヤレと言った調子で声を掛けるのはヤズーであった。三人のうちで、一番大人びており、気配りの出来る男だ。

 もちろん、俺だってヤズーのことは好きだが、ヴィンセントにちょっかいを出してくるのがいただけない。

 綺麗で穏やかで大人しいヴィンセントを、こいつはとても気に入っているのだ。またヴィンセントがまんざらではない様子なのも気に入らない。

 

「放っとけよ! セフィロスが悪いんだからなッ!」

「フン、ガキの相手は骨が折れるという話だ」

「ふたりともいいかげんにしなよね。ヴィンセント困らせて楽しいの?」

 つけつけとヤズーが言う。『ヴィンセント』の一言は俺にとって、印籠のような言葉だ。 

「ほらほら、続き続き。セフィロスも手伝わないんなら、部屋で昼寝でもしててよ。あなた大きいんだから、寝転がってたら邪魔でしょ。ほら、兄さんもさっさとソファ移動させて」

「フン」

「……わかったよ」

 俺は不満たらたらにそう応じた。

「じゃ、俺たち買い出しに行くから、後、よろしくね」

「す、すまない、ヤズー……」

 おろおろしながら礼を言うヴィンセント。

「なに言ってんの。ヴィンセントも怒るときはちゃんと怒らなきゃね。いつも我慢ばかりしてちゃダメだよ?」

「あ、ああ……」

 一応、頷くヴィンセント。

 

「ヤズ〜 早く行こうよぅ〜。あのね〜、僕、買って欲しいものがあんの〜」

 表通りからカダージュの声。

「ああ、わかった。ちょろちょろするな、カダ、すぐに行く。ロッズ、買い物かご余分に持ってけよ」

「持ったよ!」

「じゃ、ごめんね、後、よろしくね、ヴィンセント。なにかあったら携帯に連絡ちょうだい」

 慌てたようにそう言い置くと、ヤズーが出ていった。

 

「なんかさー、ちょっとバカ丁寧すぎない? ヤズー……」

 俺は前々から不満に思っていることを、ぶつくさとつぶやいた。

「え……? 何がだ、クラウド?」

「いや、っていうかさ、アンタのこと気に掛けすぎっていうか……」

「ああ、それは……ヤズーは器用で、気配りができる人間だから……私のことが心許ないのだろう……」

「もう、またそういう言い方! 俺としてはヴィンセントの心配は、ちゃんと俺がするわけだから、他の連中にどーのこーの言われたくないんだよなぁ」

「クラウド……その……すまない……」

「もう、アンタがあやまる事じゃないだろーがッ!」

「…………」

    

「やれやれ、おまえはすぐに大声を出す。それがヤズーとおまえの決定的な差だろうが」

 セフィロスにちくりとやられ、俺はムッとして口を噤んだ。

 図星を刺されると、言葉が出なくなるというのは本当なのだ。俺は反省した。

 

 ヴィンセントが脚立を持ってきて、食器棚の上など、手の届かないようなところまできちんと拭いてゆく。
 細い腕を伸ばして、リビングの飾り棚に置いた壺を動かそうとする。
 以前、骨董屋で見繕った、かなり大きな壺だ。
 
 瑠璃色の染めが美しくて、花瓶代わりに使用していた。

 

「おい、そいつを下ろすつもりか?」

 セフィロスが言った。

 俺はテーブルを移動させながら、セフィロスとヴィンセントのやりとりを聞く形になる。

「どけ、軟弱者。俺がやる」

「……え……でも……重いが……」

「バカか、貴様は。重いから俺が動かしてやると言ってるんだろう。さっさと退け」

 言い方は悪いが、手助けを申し出ているのだろう。

 相変わらずセフィロスの、ヴィンセント虐めは止まないが、最近は物の言い方はきつくてもそれなりに気を使ってくれるようになった。

 やはり三度三度の美味い飯の威力はすごいのだろう。

 

 ヴィンセントと入れ替わりにセフィロスが脚立に登る。リビングの天井は途中階まで吹き抜けになっていて、かなりの高さはあるのだが、セフィが脚立に乗ると、もうどこにだって手が届きそうな勢いだ。身長にコンプレックスのある俺としては、少しうらやましく思える。

 

 さて、とりあえず、この場は任せて大丈夫らしい。

 俺はセフィロスの寝転がっていたソファを持ち上げると、彼らの横を通り過ぎ、テラスへ出ようとした。

 

 ……と、そのときだったのである。

 

 他意はなかった。もちろんわざとなんかじゃない。

 セフィロスをやり込めてみせようなんて……これっぽっちも考えはしなかった。

 信じて欲しい。

 

 俺の運んでいたソファが、脚立の足を引っかけたのだ。

 もちろん、俺は気付かなかった。ソファなのでそれなりの大きさも重さもあるし、持ち上げた格好からでは、引っかけたことにすら気づかなかった。

 

 ガシッ! ズズズ……ッ

 

「……あ、危ないッ! セフィロス!」

 と、ヴィンセントが叫んだのだと思う。

「うぁッ!」

 という短い悲鳴はセフィロスだったのかも。

 

「え、なに……」

 俺の振り向きざま、目の前すれすれを巨大な物体が落ちていった。

 

 間髪入れずに、グワシャッ!という派手な音……

 

「ああああッ!!」

 俺はふたりより遅く悲鳴を上げた。

 ……それは当たり前だった……

 

 ……なぜならば、そのふたりは……

 

 脚立に乗っていたセフィロス、下で支えていたヴィンセント……彼らは俺の足元に昏倒していたのだから。

 周囲に壺の破片が飛び散らかっていた。