ニャンニャン。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<1>
Interval 〜02〜
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

 俺と彼女が出逢ったのは、雨の降る寒い日だった。

 

 コスタデルソルにも当然、雨季はある。だが、この日は時季はずれの大雨で、おまけに朝っぱらから、冷たい風が吹いていた。

 

 彼女は小さな身体を、ぎゅっと丸めて、ウチの物置倉庫の下に居た。

 俺がその存在に気付いたのは、配達の仕事を終え、バイクを置きに行ったときだった。普段なら表に停めっぱなしだが、さすがに雨の日は濡れないよう倉庫に入れている。

 

 風の音に消されそうな弱々しい鳴き声を、俺が聞き取れたのは幸運だったと思う。

 

「……なに? 猫? ……どこ……だよ?」                                       

 キョロキョロと辺りを見回しても姿が見えない。

 ああ、いや、倉庫の中のはずはなかった。バイクの出し入れ以外、ここを開けることなどないし、きれい好きなヴィンセントのおかげで、物置とは言っても整然と片づけられている。

 

『にゃぁ〜〜……ん、にゃぁ………………ん』

 いや、間違いなく聞こえる。

 俺はフェンリルを所定の位置に付けると、すぐに倉庫の周辺を見回した。遠慮会釈ない横殴りの雨が、俺の髪やら身体やらをびっしょりと濡らす。

 すでに時刻は夜の七時過ぎだ。遅い時刻ではないが、陽は沈んでしまっている。おまけにこの雨と風……こんな中で、か細い鳴き声を頼りに猫を見つけるのは至難の業だった。

  

 終いには地面に膝をついて、声のするほうを捜した。

 

 思えば、暗闇の中、彼女を見つけられたのは奇跡に近い。

 

『にゃぁ〜〜……ん、にゃぁ………………ん』

 鳴き声が近くなった。

 ずいぶんと弱っているようだ。

 ガレージの下に、必死に手を伸ばすと、なにかやわらかなものが、指先に触れ、そいつは慌てたように逃げてしまった。

 

「おい? おいで、大丈夫だ、怖くないから」

 俺は人間にするように、声を掛ける。

「おいで……いつまでもそんなところにいると死んじまうぞ」

 雨の中、身をひっ傾げて這い蹲り、腕を伸ばすというキビシイ姿勢のなか、かなり時間が経ったと思う。

 

「出てこい。大丈夫だから……怖がるな」

 そう言って、動かした指を彼女が恐る恐る舐めた。たぶん、安全か否かをはかっているのだろう。

 俺は用心深く、ゆっくりと手を動かし、彼女とおぼしきやわらかな身体を撫でた。

 そっと……あくまでもそっと静かに、片手でその身体を引き寄せる。ようやく抱き上げることができたとき、彼女はその華奢な身体をブルブルと震わせていた。

 

 ……艶やかな黒毛に、不思議な色合いの朱金の瞳……

 

 バイクスーツのジッパーを引き下ろし、懐に彼女を入れた。服地が水気を吸い取ってゆくが小さな身体の震えはおさまらない。

 

 俺は早足で玄関まで走った。

 

 

「……おかえり、クラウド! ああ、びしょ濡れだな……寒かったろう?」

 ヴィンセントがタオルを手に、俺を出迎えてくれる。

 ぐっしょりと雨水を吸い込んだ髪を拭き、顎から滴る水滴を拭ってくれた。

「あ、ヴィンセント、この子……」

 俺はそっと懐から彼女を取り出した。おどろかせないように静かにヴィンセントに差し出す。

「……猫? どうしたんだ……?」

 口数少なくそう訊ねる。だが、彼はすぐに彼女を受取り、抱きかかえて乾いたタオルを宛ってくれた。

「今、バイク停めたとき、鳴き声に気付いたんだよ。すごく震えてるんだけど……」

「ああ、よしよし……寒いのか?」

 ヴィンセントは前合わせのカーディガンをはだけると、タオルごと懐に彼女を抱き込んだ。俺よりも遙かに繊細な指が、黒毛の小さな額を撫でる。

 

「にゃぁ〜〜……ん、にゃぁ………………ん」

 高く、掠れ気味の声で彼女が鳴いた。

 

 俺たちが玄関口でバタバタしていたせいだろう。

 すぐにヤズーがやってくる。時間的に、ヴィンセントと一緒に夕食の仕度をしていたのだと推察できる。

 

「どうかしたの、ふたりとも、早く……」

「ああ、ヤズー、いいところへ。クラウド、この子のことは、私たちに任せてすぐに風呂に入ってこい。沸かしてあるから」

「あ、うん、じゃ、悪いけど、頼むね。さすがに……ハックション! サムイ……」

 俺は大きなくしゃみひとつするとそう言った。

 ヤズーが大判のタオルをもってきて、俺に掛けてくれる。

「あの子、兄さんが拾ってきたの?」

「ああ、というか、ウチのガレージの下に居た」

「そう……鳴き声なんて気付かなかったよ」

「この雨と風じゃわからないよ。俺もバイクしまいに行かなかったら、気づかなかったと思う」

 俺はそう言い置くと、急いでバスルームに飛び込んだ。

 寒くてたまらなかったのと、ずっと震えていた彼女のことが気がかりだったからだ。

 

「……俺でもこんなに寒いんだから……かわいそうに……もっと早く帰って来られればよかった」

 そう口に出すと、彼女の力無い身体が思い浮かび、少し胸が痛くなった。

 

 

 

 

 早々に風呂から上がり、居間に行くと、誰も俺に注意を払ってくれる人はいなかった。

 ヴィンセントの懐に抱かれた彼女のまわりを、ヤズー、カダージュ始め、セフィロスまでもが、取り囲んでいる。

 

「ねぇねぇ、ヤズー、この子、まだ震えてる、寒いんじゃないの?」

「バカが、クソガキ。おまえの声がデカイから怖がってるんだろ」

「なんだよ、セフィロスの声のほうが大っきいもん!」

「ほらほら、ふたりとも、ケンカするなら向こうでやって。ヴィンセント、ミルク温まったけど」

「ああ、あげてみよう。……飲んでくれると助かるのだが……」

「う〜ん、でもあなたの懐から出たくなさそうだね。やっぱり寒いのかなァ」

「ねぇねぇ、ヤズー、だったら、ヴィンセントが抱っこしたまま、口元に持っていってやったら?」

「哺乳瓶みたいなものがあればいいけど……」

「少しは創意工夫せんか、ボケナスどもが。ああ、おい、ガキ。救急箱持ってこい」

 唐突にセフィロスに命じられて、一瞬戸惑う。

 ヴィンセントはさきほどの姿そのままに、猫を抱いているので動きがとりにくいのだ。

 俺はすぐキャビネットの一番下から、ファーストキッドのボックスを取り出した。

 

「これでいいの、セフィ」

「ああ」

 セフィロスは乱暴に箱を開けると、ピンセットで脱脂綿の塊をつまみ取った。そこに、ヤズーの温めたミルクを浸す。

 それを、ようやく身震いのおさまりつつある彼女の鼻先にそっと差し出した。

 カダージュ、ロッズのお子さま組が、固唾を呑んで経過を見守る。

 

 小さな黒い鼻をひくひくと動かすと、彼女はペロリと脱脂綿をひと舐めした。最初は恐る恐るという様子だったが、次第に必死になって綿にむしゃぶりつく。

 どうやら寒さと空腹でやられたらしい。挙げ句の果てには、小さな歯で綿に噛みつき、セフィロスを困惑させた。

 

「おい、これは食い物じゃないぞ」

 そういいながら、意外にもやさしげな手つきで綿を引き剥がす。

「みゅう〜〜〜……みゃう〜……」

「もっとだって、セフィロス」

「フン、図に乗るな。面倒くさい、代われ、クラウド」

 そういうと、セフィロスはさっさとピンセットと綿を放り出し、所定の位置であるソファに戻って行ってしまった。

 

(……案外、やさしいところあるね、あのヒト)

 と、俺に耳打ちするヤズー。

(可愛いモノ好きなんだろ)

 俺は小声でそう応えた。

 そうなのだ。昔からセフィロスは小動物を可愛がる。

 昔、神羅ビルのすぐ近くに公園があったのだが、そこは近所の猫の集会所と化していた。彼らのほうも慣れたもので人が通っても逃げやしない。それどころか、側に近寄ってくるものさえいる。

 セフィロスはよく、そんなヤツらの頭を撫でてやっていた。

 

 ロッズとカダージュとでどちらが猫にミルクをやるかでケンカになる。ヤズーが止めに入り、交互に行うことになったらしい。

 何度も何度も綿にミルクを含ませ、口元に宛うという行為を繰り返したが、彼らは真剣そのものだった。

 もちろん、懐に抱きかかえたままのヴィンセントも、ずっと同じ姿勢を保ったまま、餌やりに付き合っていた。