〜 詩人の夢想 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<1>
 ジェネシス
 

 

 

 その人は、夜の道にひっそりと佇んでいた。

 街灯のオレンジ色の灯火が、秀麗な面を照らし、まるでそこだけが一幅の絵のように映ったのが印象的であった。

 そうだ、こうして黙って立っていれば、身震いのするほどの麗人なのに。

 遠慮なく口から飛び出す、遠慮ない言葉と乱暴な物言いのせいで、見てくれを見事に裏切ってしまう。

 

 ……セフィロス。

 

 少年の日、いつも傍らにいた、銀の髪の青年。

 ふと、夜の道で彼を見つけただけなのに、気軽に声を掛けず、追憶を巡らせたのは、彼があまりにも普段と異なる雰囲気で、ひっそりと立ちつくしていたからだと思う。

 めずらしくも黒のコートを身につけ、ぼんやりと街灯の明かりを眺めているさまに、俺は声を掛けることをわずかに躊躇した。

「セフィロス……? どうしたんだ、こんな夜更けに」

 脅かさないよう、わざと足音を立てて、側に近づいた。彼はゆっくりと目線をこちらに移した。

 氷の色の瞳が、ぼんやりと俺を映し出す。いつもはキツイ光を宿した双眸が、今は意志の力を失ったようにぼやけて見えた。

 まったく口を開こうとしない彼に、俺はふたたび声を掛けた。

「セフィロス? どうした、気分でも悪いのか?」

「……おまえは私を知っているのか?」

 いきなりとんでもないことを言われ、俺は一瞬言葉を失った。

 あまり開けっぴろげに表情を変えるタイプではないと自覚していたが、いつものように笑みを浮かべて対処するのは難しそうであった。

「おいおい、冗談にしてはキツいな」

「……ああ、ここはコスタ・デル・ソルとやらであったな。おまえが勘違いをするのも無理はない」

「勘違い? 話が見えないんだが」

 俺はそう訊ね返した。

「私はおまえの知るセフィロスではない。別の世界に棲む者だ」

「別の世界……」

 その言葉を味わうように口の中で転がす。そういえば、以前、ヴィンセントらから聞いたことがある。空間のよじれとやらが、原因で別世界に住む者がこちらにやってきたことがあると。

『チョコボっ子とセフィロスのそっくりさん』

 そんなふうに言ったら、ふたりに声を合わせて『似てねぇよ!』と怒鳴られたっけ。

 おそらくあれは見た目のことではなくて、性格的な部分を指して反論したのだと思う。

「……君はもうひとりのセフィロス? 確かホロウバスティオン……だっけ。その街に住んでいるという」

「ああ、いや……正しくはそうではないのだが。……まぁいい。その話を聞いているのならば話が早いな」

 小さな声で、彼はゆっくりとそう言った。どうもこのセフィロスは、俺の知る彼とは大分性質が異なるようだ。

「……こんなところにひとりでいるということは、また空間のよじれとやらに取り込まれたのか?」

「取り込まれたというのは、正確ではない。意図的に足を踏み入れたのだ。私は『それ』を感じ取ることが出来る故……」

「ではコスタ・デル・ソルに来ようとして……」

「そこが誤った。……ここにつながるはずではなかったのに」

 彼はため息混じりに、低くつぶやいた。

「この場所……おまえたちの住むこの世界は、たびたび空間の亀裂が生まれている。ずいぶんと不安定な場所だ」

「……そうなのかい? 俺にはよくわからないが」

「感じ取れるほうがめずらしいらしい。……おまえの知るセフィロスも、クラウドもよくわからないと言っていた」

 セフィロスはポツポツとしゃべる。彼の言葉は注意していないと、よく聞き取れないほどに小さい。

「やっかいな…… やはりホロウバスティオンからエスタに移動すべきだった……返って手間になったな」

 知らない単語が出てきたが、どうやらこれは独り言であったようだ。

「正直、話はあまりよく理解できなかったが、ここは君の目的地ではないということなんだね?」

「そうだ。……まぁ、ここからなら、そう長い時間を掛けずとも、もとに戻れよう。用がなければ、おまえはもう行くがよい」

 後ろの言葉は俺に向かって告げられた。

「ちょっと待ってくれ。君はこれからどうするつもりなんだ? こんな夜更けに……それも知らない土地なのだろう?」

「……夜が明ければ、どこへなりとも落ち着ける場所を求めよう」

「それならば俺のところへ来ないか? 一人暮らしだし、君の眠る場所くらい用意してあげられる」

 そう勧めると、意外そうな面持ちで俺を見つめた。氷のような切れ長の双眸が、わずかに見開かれたのだ。

「……奇特な人間だな。初めてあった者を、ひとりで生活している場所に入れるつもりか。寝首を掻かれたらどうする気だ」

「君は俺が眠っている間に『寝首を掻く』気なのかい?」

「いや……おまえは赤の他人ゆえ、そのような理由もない」

「なら、問題はないな。……君自身とは初対面だけど、話は女神から聞いているし、このまま放っておくわけにはいかない」

「…………」

「うちに来るのは嫌かい?」

「……有り難く、言葉に甘えよう」

 もうひとつの世界のセフィロスは、抑揚のない口調でそうつぶやいた。そしてふと、気づいたように俺を見つめた。

「……まだ、おまえの名を聞いておらぬ」

「ああ、そうだね、失敬。俺はジェネシス。……こちらのセフィロスの元同僚であり、親友だ」

 そう告げた後、『気色悪いこと言うんじゃねェ!』と怒鳴る、いつもセフィロスの顔が思い浮かび、思わず吹き出しそうになってしまった。

 彼はそれには気づかなかったのか、ひとつ頷き返して、俺の後についてきた。