〜 詩人の夢想 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
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 ジェネシス
 

 

 

 

「はい、どうぞ、上がって」

 扉を開いて、セフィロスを通す。一応、高級マンションと銘打っての賃貸住宅だ。俺の部屋は最上階で、そこはもっとも部屋数が少ない。ほとんど人とすれ違うこともないし、生活するには、都合のよい場所といえる。

 イーストエリアにある彼らの家ほど、素敵な居場所はなかろうが、俺がたびたび訊ねては、チョコボっ子が情緒不安定になってしまうことだろう。

 できることなら、毎週でも女神の顔を眺めに行きたいのだが、俺なりに遠慮しているのだ。

 彼は、部屋を軽く見回すと、おもむろに訊ねてきた。

「ここはコスタ・デル・ソルのどの地域になるのだ?」

「ああ、そうか。君にはほとんど地理感のない場所だものね。コスタ・デル・ソルは四つのエリアに分かれていて、ここはノースエリアだよ。港が近くにあって、繁華街が広がっている。よっつのエリアの中では一番都会的と言えるかな」

「ノースエリア……」

「そう。だから真夜中に君のような人が、供も連れずに突っ立っていては危険だよ。どんな輩がいるかわからないからね」

「フン、かような者に遅れはとらぬ」

 小馬鹿にしたようにセフィロスがつぶやいた。

「以前にも一度、こちらの世界に迷い込んだのだろう?」

「…………」

 無言のまま、俺を見る。

「そのとき、大けがをしたそうじゃないか。ヴィンセントやチョコボっ子に聞いたんだ。その傷はもう大丈夫なのかい?」

「……いつの話をしているのだ。とうに大事ない」

「そう。それならいいんだけどさ。女神がすごく心配していたから」

「『女神』?」

「ああ、ふふ、ヴィンセントのことだよ。君も彼を見て教会の聖母像を思い浮かべないか? あんなに清らかな人を見たのは生まれて初めてだったので、つい『女神』とね」

「ヴィンセント・ヴァレンタイン…… ああ、なるほど。教会なぞには行かないが、おまえの言いたいことはわかるような気がする」

 彼は俺の言葉に、静かに頷き返した。とっておきのアールグレイを丁寧に淹れ、彼の前に置いた。優雅な動作で茶器を取るセフィロス。

 どうも、目の前のこの人は、俺の知る『セフィロス』とは、大分様相が異なるようだ。軽く足を組んで、茶の香りを楽しむ姿は、まるで上品な青年貴族の風情である。

「明日になって落ち着いたら、イーストエリアの彼らの家に連絡をとってあげようか? 君が望むのなら、だけど」

 勝手知ったる場所というのなら、そちらのほうがよいのかもしれない。俺としては、この物珍しくも興味引かれる事態を、あの家の人たちにゆだねてしまうのは、少々残念でもあるのだが、彼の希望を最優先するつもりだった。

「……いや、できればそれは遠慮したい」

 彼は小さくつぶやいた。意外な答えに、微かに目を瞠る。

「その……あの家の者たちは、皆心やすいとは思うが…… 大げさなことになりそうで……」

「ああ、まぁね。女神もいるしねェ」

「ことにヴィンセント・ヴァレンタインには、以前にも大分迷惑を掛けた。この上、世話になるのは少々心苦しい」

 これまで能面のようにほとんど表情が変わらない彼であったが、このときだけはわずかながらも戸惑いを見せた。この麗人も、ヴィンセントたちに、ずいぶんとテンポを狂わされたのだろう。

「そんなことは気にしなくても良いと思うけどね。でも、せっかくだから君が元の場所に戻るまで、ふたりの時間を楽しもう」

「ふたりの……?」

「そう、君と俺とのね」

「そうか。そんなことでよいのなら」

 俺の言葉をどう解釈したのか、セフィロスは抑揚のない物言いでそうささやいた。

 

 

 

 

 

 

 その日……というか、すでにマンションに戻った段階で、午前0時を回っていたのだ。

 おしゃべりはほどほどに、彼に温かなものを飲ませ、一段落してから、すぐに風呂を奨めた。コスタ・デル・ソルは寒暖の差が激しく、夜はかなり冷え込むことがある。海風も長く当たっていては身体によくはない。

 彼は素直にバスルームに入ると、思いの外、のんびりと長風呂をした。途中でいささか心配になって覗いてみたら、半分眠り掛かっていたらしい。のぼせる前に引き上げ、とっととベッドに放り込んでやったのだった。

 夢見心地の彼は、促されるままに横になり、あっという間に眠り込んでしまった。

 

 翌朝……

 昨夜の不可思議な出来事は、俺の見た夢……ではなかった。

 別世界のセフィロスは、しっかりと布団の中にいたのだ。疲れているせいか、すでに九時近くになるのに、まるで目覚める気配はない。

 カーテンを引いたままの薄明るい部屋の中で、彼の寝顔を眺める。

 ……あまり体温を感じさせない白い肌……思いの外長い睫毛が双眸を覆い、目元に深い影を落としている。銀の髪は絹色のようにつややかで、無造作に枕元で揺蕩うていた。

「む……?」

 ぶしつけにまじまじと眺めてしまったせいだろうか。彼は低く声を漏らすと、つらそうに瞬きした。

「……ここは……ああ、そうか」

 不安げに瞳を巡らしたが、こちらを見るとすぐに昨夜のことを思い出したようだ。ここが彼の知る世界ではなく、別次元であり、俺の部屋だということを。

「おはよう。よく眠れたかい?」

「……ああ。だがとなりに人間がいるのは……久方ぶりだな」

「あははは、その言い方、他の人が聞いたら疑われちゃうよ」

「そういうものか…… ああ、ここは朝の陽射しがまぶしいな」

 彼はゆっくりと起き出してくると、カーテンを少しだけ開けた。

「一段落したら、シャワーを浴びておいで。朝飯は簡単なものだけど、かまわない?」

「……ああ」

 素直に頷くと、彼は奨められた通りバスルームに姿を消した。