〜 詩人の夢想 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<3>
 ジェネシス
 

 

 

 

「うん、よかった、よく似合ってる」

 そう言って、俺はパチパチと拍手をしてやった。セフィロスは、あまり関心のない様子で、

「そうか」

 と頷いただけだった。

 着の身着のままで、我が家にやってきた彼だ。当然着替えの準備などはない。そこで俺の手持ちのアイテムを着せてみたのだが、思いの外よく似合ったのだ。

「よかった、手持ちのワードローブが身体に合って。俺たち、体格が似ているものね」

「……そうだな」

「もうひとりのセフィロスってことは、オレの知っている彼と、身長や体重まで全部一緒なのかな? 体格も……同じ?」

「さぁ……裸になって比べてみたことはない」

 素っ気なくセフィロスは言った。

「あはは、そりゃそうだね。でも……立ち居振る舞いのせいかな。君のほうが、俺の知る『セフィロス』よりも、繊細な感じがするね」

「そうか? ……物言いのせいではなかろうか」

 ぼそぼそと聞き取りにくい声音で、彼がつぶやいた。

「あぁ、それはあるかもねぇ。あいつは子どもの頃から、突っ慳貪で言葉が悪くてね。大人相手でもそうだったから」

「……子どもの頃?」

 微かに興味を喚起されたのか、俯きがちの彼が俺に目線を寄越した。

「うん、俺たち、けっこう古い友達なんだ。十代の頃から神羅カンパニーのソルジャーでね。セフィロスとはよく一緒にミッションをこなしたものだよ」

「ほぅ…… おまえは軍人だったのか?」

 セフィロスの声のトーンが変わった。

「ああ、あまりそう見えないって言われちゃうけどね。彼と初めて逢ったのは16、7才の頃だったかな。セフィロスはもっと年若い頃から、神羅で活躍して、英雄と呼ばれていたんだ」

「…………」

「俺も子どもだったし、同い年の少年が素晴らしい業績を上げているってことに驚いたしね。もちろん憧れもあった。それで神羅に入社したんだ。まさかその当人と同僚になるとは思わなかったけど」

「……そうか。あの男がそのような……」

 セフィロスは何かを思考するように目を伏せた。長い睫毛が、うっすらと目元に影を作る。見慣れた顔のはずなのに、そんな表情が俺の目に蠱惑的に映った。

 俺の知っているセフィロスならば、まず見ることの出来ない憂いを帯びた表情だったからだろう。

「どうかした、セフィロス?」

 俺はうつむいたままの彼に声を掛けた。

「直接訊ねたわけではなかったが、あの男もやはり軍人だったのだな。……物言いも態度も乱暴で、似つかわしいとは言い難いが、戦闘能力は高いのだろう」

「あははは、上手いことをいうね。いわゆる『待ち』の任務は苦手だったけど、突撃!の仕事は大得意だったよ。もうね、ダンプカーみたいに突っ込んでいって、バッサバッサと敵を撫で切りにしてさ」

「……ああ、なるほど。それなら……十分理解出来る」

「仕事以外のことも……まぁ、いろいろ豪快な人だったね。他人の目を全く気にする男じゃないから」

 神羅時代、セフィロスのやらかした事柄が、走馬燈の世に頭を駆け巡る。思わず吹き出しそうになり、俺は口元を押さえた。

「……どうかしたのか?」

「ああ、いや…… こんな話をしていたせいか、昔のことをいろいろ思い出しちゃってね。さぁ、お茶をもう一杯どうだい?」

 俺自身も喉が渇いたので、彼にも勧めてみる。ちなみに今淹れたのは、ヴィンセントおすすめのカモミールティーだ。

「ああ、もらおう。……ふふ、あの男の話は聞いていて飽きない。悪い輩ではないのだろうが、誤解されることも多かろうな」

 わずかに口元を緩め、彼はそうつぶやいた。

「そうなんだよねェ、もうお偉いさん相手でも、言いたい放題だったから。社長のことはデバラ禿げ親父とか……もうね」

「プッ……アッハッハッ…… なるほどな」

 思わずといった様子で、彼は吹き出した。高名な芸術家が彫刻したような、恐ろしいほどに整った容姿。その美貌が笑み崩れると、ようやく彼は生きた人間らしく見えるのだった。

「恋愛がらみも多かったけど、彼はひどい面倒くさがりだったからね。ほとんど玄人ばかりを相手にしていたよ。でも、そんなセフィロスが、チョコボっ子を好きになったときには本社中大騒ぎでね」

「チョコボっ子……」

「ああ、君も知っているだろ。クラウドだよ」

「あの子のことを……」

「うん、もう本当に可愛くて好きだったみたいでさ。あんなに必死になっていたセフィロスを見るのは、正直初めてだった。少々嫉妬心も疼いたけどね」

 胸に手を当てて、大袈裟にそう言ってみせた。セフィロスはティーカップに丁寧に口を付けると、

「……『嫉妬心』?」

 と訊ね返してきた。

「だって、俺、十代の頃から彼の側に居たんだよ? セフィロスは、強いだけじゃなくて、とても可愛らしいんだ。見た目もそうだけど、行動がね。頭はいいくせに、交渉ごとなんてまるきり興味がなくて、思ったことをストレートに口にする。普通、ある程度の年齢になれば、相手によって態度を変えるものだろう。そういった狡猾さはまったく無い子だったね」

「……彼らしいな」

 フッと頬を緩め、セフィロスは小さくささやいた。

「俺はそんな彼が大好きでね。側についていろいろフォローする役割だったのを、誇らしく思ったものさ」

「ほぅ……」

「俺には、片想いの人がいるけれど、セフィロスのことは今でも愛しているよ」

「……愛して……」

 彼は小さくつぶやき返した。

「ああ、失礼。つい長話をしてしまった。昨日の今日だから、まだ疲れが取れていないだろう?」

「いや……」

「俺はちょっとやらなきゃならないことがあるんだ。よければもう一眠りしてはどうかな」

「……あまり気を遣うな」

 彼はそういうとカップをソーサーに戻し、軽く髪を掻き上げた。

「私には宛があるわけではない。……部屋で静かにしている」

「そうしてもらえると助かるよ。こっちの部屋に本や新聞なども置いてあるから、暇つぶしにもなるだろう」

 俺は書庫にしている部屋の扉を開放し、彼にそう勧めたのであった。