〜 詩人の夢想 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<4>
 KHセフィロス
 

 

 

 

 ……不思議な縁で、ふたたび私はこの地を踏みしめている。

 二度と来ることなどないと思っていた、南国の地、コスタ・デル・ソル。

 だが、此度はさして深刻な状況ではなく、ほどなくして、空間の歪みが私を元の世界に戻してくれることもわかっていた。

 それまでのわずかな期間…… 幸いにもかつて世話になった輩に、ふたたび面倒を掛けることなく、過ごす術を見つけられたのは重畳であった。

「それじゃあ、お茶のおかわり、ここに置くね。カモミールもいいけど、このシナモンティーもいけるから」

 ジェネシスという男は、丁寧に入れ直した紅茶を差し出してから、書斎らしき場所へ引き取っていった。

 

 ……ジェネシス……

 姓はなんといったか……いや、聞かされていないだけか。

 他人のことはいえないが、ひどく目を引く男だ。この私と同じくらいの長身で、美しく整った容姿をしている。端麗……というには、やや艶めいた印象が強く、艶麗とでも言ってやれば良かろうか。不思議な色香を纏っている。

 また、人物もなかなかに面白い。

 昨夜、この私を拾ったときも、どこか人を食ったような態度で、終始彼のペースで話が進んでいったような気がする。だがそれをまったく不快に感じさせないのは、彼の纏う空気と、人柄の成せる技なのだろう。

 

 私は進められた部屋に足を踏み入れると、ラックに引っかけてあった新聞を手に取った。

 厚い本を手に取るには抵抗があったし、軽い読み物といえば、これに勝るものはなかろう。この土地の時事についても理解できる。

 窓辺のソファに腰を下ろすと、心地よい風が入ってきた。彼の部屋は、マンションの最上階ゆえ、遮蔽物がまったくないのだ。少し目線を持ち上げれば、紺碧に輝く南国の海が見える。

 もうひとりの私が居た、あの家のように、海の真前でない分、洗練された雰囲気だ。

 

 

 

 

 

 

『俺はセフィロスが大好きだったんだよ』

 ジェネシスはそう言っていた。そして、『今でも愛している』と。

 少年期を共に過ごした友人への憧憬もあるのだろうが、不思議とここちよい気分になった。もちろん、私のことを言っているわけではないと承知の上だが、あの家にいた自由奔放で型破りの、同じ顔をした男のことを、この私自身も気に入っていたからだと思う。

 きっと、今以上に好き勝手に動いていたであろう『セフィロス』を、世間慣れしたジェネシスがサポートしていたに違いない。それに感謝どころか気づきもしなさそうな男だが、ジェネシスにとってはどうでもよいことなのだろう。

 そんなことを考えつつ、目は紙面を追う。

 だが、ここはまさに南の楽園。取り立てて、何の事件もないローカルな港町なのだと改めて認識した。

 つまらない物取りの記事や、福祉関係の告知を読み流し、ミュージアムのところに目を留める。この前来たときには負傷していたせいか、文化的なものに興味を抱く余裕もなかった。

 滞在が長引くなら、そういった施設を見て回るのも一興だろう。

 この場所は、私の知る次元とは、異なる場所に存在する世界なのだから。

 新聞を閉じ、元のラックに戻す。 

 気がついたのは、ちょうどそれらの本が、目線の高さに陳列されていたからだろう。

 背表紙の色ごとにきちんと陳列された書籍。同じ作者の本が、横一列にずらりと並べられている。

 美しいルビー色のカバーに、作者名が箔押しされていたのも目を引いた理由だろう。 

 私は何の気為しに、それを手に取り、パラパラとページを手繰ったのだが……

 

『朱く染まった首筋に、熱を孕んだ唇が触れ、新たな雫が滴り落ち……』

『胸元に感じる痛みを伴う快感が、下肢へ熱を点し、熾火のような情欲に……』

 

「…………」

 ……これはいわゆる官能小説というものだろうか。

 初めて読んだ。

 通常、こういうたぐいのものは、巧妙に隠すのが男の性だと思うのだが、独り暮らしの気楽さなのか、平気で目につく場所に並べられている。

 おもむろに、同じ作者の本を、もう一冊手に取るが、やはり中身はポルノ……官能小説で、サディスティックな城主が、マゾ奴隷を調教するような内容が、巧みな文章で描かれていた。

 手持ちぶさたの悲しさで、なんとなくそのまま読み進める。

 艶めかしく濃度の高いアダルト小説だが、読者を引き込む巧みさがあった。