〜 詩人の夢想 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<6>
 ジェネシス
 

 

 

 

「……なんだ。なにを眺めている」

 甘いものを食べ終えると、さすがに不躾な目線に気づいたのだろう。セフィロスはティーカップをソーサーに戻し、相変わらずの平坦な物言いで訊ねてきた。

「ああ、ごめん。なんだか可愛いと思ってね。見惚れてしまった」

「……『可愛い』? おまえと背丈も変わらぬこの私のことがか?」

「うふふ、だからこそだよ。大きくて綺麗で、きっと強いのであろう君が、そんなふうに、ケーキを頬張っている姿はこの上なく可愛いよ。まさしく『食べてしまいたい』くらいにね」

 口元に着いたクリームを、俺は唇を寄せて舐め取った。予想に反してセフィロスは微動だにしない。ただ為されるがままになっていた。

「……可愛いという言葉は、かつて一度だけ言われたことがある」

 わずかな間隙の後、セフィロスは小さくつぶやいた。

「ああ、そう。俺以外にも君の本質を見抜ける審美眼の持ち主がいるようだね」

「……おまえよりはずっと年長の……だが、落ち着きない男であったな。悪い輩ではなかったが」

 だれのことを思い浮かべているのか、めずらしくもセフィロスの口元が緩んだ。

「君にそんな顔をさせるなんて誰だろう。少し妬けてしまうな」

「……埒もないことを」

 フッと音も立てずに笑うと、セフィロスは読みかけの本を手に取った。自分の著作を目の前で読まれるのは、何となくいたたまれない気持ちになる。

 俺はあまりそういったことが気にならない方だと思っていたのだが、相手が彼のような人で、しかもおもしろ半分に書いていた官能小説だというのが、そんな気持ちにさせるのだろう。

 

 

 

 

 

 

「……時に、ジェネシス」

 目線を寄越しもせず、彼は声を掛けてきた。

「ここにやっかいになるに置いて、あらかじめ訊ねておきたいことがある」

「なんだい? 改まって」

「……おまえには、特定の相手が居らぬのか?この場所に訪ねてくるような輩は……」

「ああ、ハハハ、残念ながら編集さんくらいだね、この部屋に来るのは。恋人という意味で訊いているのなら、残念ながらいないよ」

 ひょいと両手を広げ、茶化すようにそう言ってやった。

「……そうか」

「言ったかも知れないけど、俺はヴィンセントに恋しているんだ。悲しいかな、未だ想いかなわずだけど、良好な関係を築けているよ」

「ヴィンセント・ヴァレンタイン……」

 彼は、その名を味わうようにささやいた。このセフィロスにとっても、浅からぬ関わりのある人になっているようだ。

 ヴィンセント本人は、本当に控えめで、いつでもひっそりと人の影にいるような人物なのに、なぜかこうして強く印象に残るのだ。またまるきり自覚がないのが可笑しいわけだが。

「君も彼とは親しくしていたようだね」

 俺はそう言った。

「親しく…… そうなのだろうか。面倒を掛けたのは事実だがな」

「ヴィンセント本人はそんなふうに思っちゃ居ないさ。……俺はそんな彼が大好きなんだよ」

「ふむ……わかるような気がする。いずれにせよ、おまえに特定の相手がいないというのならそれでよい。恨まれるのは煩わしい……」

 そうつぶやくと、話は終わりとばかりにさっさと本に目を戻した。

「恨まれるって? これまでに何かあったの?」

 俺の問いかけに面倒くさそうに顔を上げると、「まあな」と頷いた。

「……ヴィンセント・ヴァレンタインらの家で世話になっているとき、クラウドにねたまれた。ヴィンセントが私に構い過ぎることにヤキモチを焼いたらしい」

「ああ、チョコボっ子ね。あの子はねぇ」

 ひょこんと毛の立った、幼い面影を思い出し、俺は思わず吹き出してしまった。彼は俺にとって『恋敵』と呼んでもおかしくない立場なのだが、とても角突き合わせるような対象には見えないのだ。

 神羅の修習生でいた当時のあの子とだぶってしまって、いつまでも幼く可愛らしい、チョコボの雛に思えてしまう。

 そう告げると、目の前のセフィロスは頬を緩めた。

「……なるほど、言い得て妙だな」

 彼はそう言って微笑した。