〜 詩人の夢想 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<7>
 ジェネシス
 

 

 

 

「……おまえ、いつまでそうしているつもりだ。仕事中ではなかったのか」

 側から離れない俺に向かって、セフィロスが不審そうな眼差しを向けてきた。

「あ、うーん。そうなんだけどね。こうして君と一緒にいたら、何もしたくなくなってしまったよ」

「ふ……ん。変わった男だな。ならば、おまえも大人しく本でも読んでいてはどうだ? この部屋は書庫なのだろし、おまえ自身の著作も置いてあるのだろう」

 今度は顔を上げてももらえずにそう言われた。

「それでもいいんだけどね。目の前で君が俺の書いたものを読んでいると思うと、どうも落ち着かなくて」

「では出て行け。私は続きを読む」

「つれないことを言ってくれるね。……まいったな、君のことを気に入ってしまいそうだ」

「…………?」

「その意外性に惹かれてしまうよ。ヴィンセントとは異なる意味合いだけどね」

「ではどういう意味だ。この小説に書かれているようなことをしたいとでも?」

 たぶん、それは彼なりの気の利いたジョークだったのだろう。

 だが、気怠いコスタ・デル・ソルの夕暮れの中、薄暗くなってきた部屋。少し効き過ぎたエアコンのせいか、人のぬくもりが欲しくも感じる。

 俺だとて聖人君子ではない。

 恋人のいない今、一晩のラブ・アフェアを楽しむこともある。幸い人の出入りの多いノースエリアでは、そういった相手に事欠くことはなかった。

 だが今、目の前に居る相手は、『セフィロス』だ。

 幼い頃からの憧憬の対象……そしていつか肩を並べるようになってからは、より一層、強く惹かれた相手だ。

 わかっている。

 このセフィロスは、俺の側にいた『セフィロス』ではない。

 姿形は違わずとも、別の人物なのだ。だが、直接的な行動や、衒いのない態度はどこか似通っていて、俺を落ち着かなくさせる。

 俺の知るセフィロスの、繊細な面をひっくり返して面に表したような佇まいも、興味を喚起させられるのに十分過ぎるほどであった。

 

 

 

 

 

 

「そうだね。君は魅力的だ」

「…………」

「こう見えて、俺はけっこうしつこいし、好きなんだよ、そういうことが」

「正直だな」

 セフィロスは少し呆れたように俺を見た。

「しかも相手が君のような人なら、触れてみたいと思うのは当然だろう?」

 夕陽の中でも、銀に輝く髪に、そっと手を伸ばす。指先で緩やかにそれを梳き、口づけた。

 彼は抗わなかった。ただ、俺の為すがままに大人しく接吻を受け入れた。

「セフィロス……君はやはりとても綺麗だね」

「そうか」

「ああ。俺の知る『セフィロス』ではないとわかっていても、君たちにはいくつかの共通点があり……また、まったく異なる部分があるね」

「……似たところなどあるのか?」 

 魅惑的な唇に口づけようと身を寄せたとき、そのように聞き返されお預けを喰らった。

「ふふ、あるよ、もちろん。でも、俺は俺の知らないセフィロスのほうが興味深い」

 今度こそ、彼の手をとり、顔を近づける。薄く開かれた唇に口づけても、彼は抗いはしなかった。

 置き場をなくして困惑している手から、小説を受け取りテーブルに積んでおく。

 角度を変えて、何度か深く貪ると、白い喉がクッと鳴った。

 歯列を割って口腔へ忍び込み、舌を絡ませ、軽く吸い上げる。彼は積極的に応えはしないが、目を瞑ったまま従順に応じていた。

 冷たい色味の双眸が閉じ合わされると、セフィロスの整った顔がやや中性的に映る。

 俺の知るセフィロスが、ギラギラと強い意志力を秘めた瞳をしているせいだろうか、よけいにそう感じるのだ。

 温かくて甘い彼の内。

 半分冗談まじりに始めたつもりだったのに、キスを交わしただけで、眩暈を覚えるような興奮に包まれた。

 ソファをリクライニングに押し倒し、口づけたまま細身の長身を横たえる。上から覆い被さるように抱きしめ、シャツのボタンを外しにかかった。……我ながらこの辺の手際の良さに呆れる。

「ん……」

「ごめん、苦しかったかい?」

 彼の低い呻きに顔を上げる。体重を掛けないようにと注意していたのだが、うっかりしていたのだろう。

「いや……問題ない」

 彼は小さくささやいた。

「冷静だねェ。俺は夢中になっていたのに、いささか傷つくよ」

「よくもいう…… おまえはキスが上手い」

「お褒めに預かり光栄至極」

 額にかかった銀糸を撫でつけて、もう一度、唇を合わせた。しなやかな腕が肩に回され、ゆるりと抱きしめられたのを感じた。