Radiant Garden
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<1>
 
 セフィロス
 

 

 

 

「セフィロス、どこ行くの?」

 目ざといイロケムシが、廊下の後ろから声を掛けてきた。

「どこでもいいだろ、ガキじゃあるまいし」

「どーでもいいけど、晩ご飯には帰ってくるのかくらい言っていってちょうだい。ヴィンセントが気にするでしょ」

 思念体の分際で口やかましいことこの上ない。三兄弟でもっとも見てくれが良く、腹黒いヤズーは、このオレ相手でもつけつけとモノを言う。

「ただの散歩だ、散歩! 晩飯には戻る!」

 叩き付けるようにそう言い置いて、オレはさっさと家を出た。

 

 コスタ・デル・ソルの東端に位置するこの家は、ほんの少し歩けば海岸線に出られるのだ。

 ガキどもは年中泳ぎに出かけているが、さすがに夕日の沈む今頃は人影は見当たらない。南の島の特性ともいうべきか、一日の間の寒暖の差が激しいのが難点とも言えよう。

 

 コスタ・デル・ソルは四つのエリアに分かれている。

 この場所……イーストエリアは、いわゆる別荘地だ。夏のバカンスの時期は、少々騒々しくはなるが、一年を通して静かな場所だ。

 港町のあるノースエリアがもっとも賑やかで、男の喜びそうな繁華街もこちらに集約されている。西側の一部と南には森林地帯と砂漠地帯があり、あまり人が住むのには適していないのだ。 

 

 さて、今日は海岸線を南下してみる。

 とはいっても大げさな話ではない。さきほど言ったように、散歩がてら……である。

 散歩がてらに、とある捜し物をしているだけだ。

 

 ……もうひとりのセフィロスに感じ取れて、オレ様にわからないはずがない。

 野郎は空間のゆがみと言っていた。

 磁場の安定していない『よじれ』は、異空間を連結させるらしい。

 何とかそいつを見つけてやろうと考えている。

 

 実際、ウチのクラウドは二度も姿を消したし、ホロウバスティオンとやらから、数名の人間がやってきた。

 そのうちのひとりが『セフィロス』。

 このオレと姿形だけはそっくりな、不安定で危うい男であった。

 負傷した身体を癒す間だけの付合いではあったが、ヤツは昔のオレ自身によく似ていた。何一つ乗り越えていない頃の……

 

 

 

 

 

 

 だから……というわけではないが、できることなら、もう一度向こうの世界の『オレ』に逢ってもみたかった。

 

「クソッ! わかんねェ!」

 チッといらだち紛れに舌打ちする。

 もうひとりの『セフィロス』は、空間のゆがみを感じ取れると言っていた。まもなく『亀裂』が発生し、『いつまで保つ』ということさえも、わかるようであった。

 

 今、オレがこうして当てもなくうろついているのは、その『ゆがみ』とやらを見つけてやろうという好奇心なのだが……

 男なら、見知らぬ世界があるとわかれば、興味を抱くのは当然だろう。ましてや、その場所では、ごく普通に人間やその他のものらも存在している。

 そこは一体どんな世界なのか。

 この星とは何が異なるのだろう?

 約束の地……と呼べる場所であったとしたら……?

 

「セ、……セフィロス…… セフィロス……!」

 たどたどしい呼びかけに、振り返る。

 陽の落ちる海岸線に、頼りなく映し出されているのは、ひどく細い影だ。

 なにやら大きな袋を抱えたヴィンセントであった。食材の買い足しにでも出たのだろうか。

 ひとこと言えば、ウチの連中の誰でもが車を出すだろうに、ヤツは気づかない間にフラフラと出かけてしまうのだ。

「セ、セフィロス。やっぱり……ハァハァ」

 おもてに喜色を浮かべて、早足でこちらに近づいてくる。

「走るな、転ぶぞ」

 オレは立ち止まってそう声を掛ける。

「ハァハァ……! めずらしい場所で会うな。もう陽が落ちているというのに」

「ただの散歩だ。……おまえこそひとりで買い物か。イロケムシに声を掛けりゃいいものを」

 両手で抱え込んだ紙袋を強引に奪う。

「あッ……だ、大丈夫だ。自分で持てる」

 ヴィンセントが慌ててそう言う。

「オレなら片手だ。……銃も持たずにひとりでフラフラ歩くな。昼間はともかく暗くなると良くない輩も居るからな」

「あ、ありがとう」

 何が『ありがとう』なんだか。

 コイツはまったくオレの理解の範疇を超える男だ。敵対していたオレたちを何の迷いもなく受け入れ、嬉々としてあの小さな別荘で家族ごっこをしている。

 さしずめ、この男の立場は『母親』に当たるのだろう。

 ウチのやつらは、『ヴィンセント、ヴィンセント』と、それこそガキが母親になつくように慕っているのだ。