Radiant Garden
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<61>
 
 セフィロス
 

 

 

 ……人の気配がしない。

 目の前の巨大なガラスの檻の他に、その場には何も見当たらないのだ。

 だが、この場所には、キングダムハーツを完成させるための道具と、頭首ゼムナス、そして13機関のサイクスがいるはずなのだ。

 

 ガキィン!バキィ!

 という冷たい音は、レオンが死に物狂いでガラスケースをぶちこわそうと斬りつけているものだ。だが、特殊な素材を使っているらしいそれは、びくともしない。

 中の『セフィロス』が、レオンに向かってなにやら語りかけているように見えるのだが、ガラスケースが遮断している。

 

 まもなく、ヴィ……ンという機械的な音がすると、ケースの中が円筒形に割れ、地下からモンスターがあらわれた。

 『セフィロス』がすかさず長刀を構える。

 こいつは一体何度目の戦闘なのだろう。呼吸を乱すようなことはないが、表情の少ない白い顔が、わずかに煩わしげにゆがめられた。

 アルケノダイオスにも似た、恐竜型のそれは、長身の『セフィロス』からしても、見上げるほどの巨大さだ。それからしても、このガラスの檻が、いかほどまでに大きな作りをしているか、理解できるというものだろう。

 

「『セフィロス』!」

 レオンの悲痛な叫びがむなしくこだまする。

 モンスターが激しく咆哮した。『セフィロス』というエサを見つけ、それに食らい付こうと突進してきたのだ。

 おそらく、『セフィロス』の肌や服にこびりついた返り血は、これらモンスターと対峙したときについたものだろう。

「くそッ!どうすればいい!? このガラスはどうすれば壊れるんだッ!」

 レオンが叫ぶ。

 それに向かって、ケースの中の『セフィロス』が、彼を下がらせるように、手で追い払う素振りをみせた。もちろん、頭に血の上っているレオンは、彼のそんな態度を気にすることもない。

 

 

 

 

 

 

 アルケノダイオスと死の大天使の戦いは、そう長く掛かることもなかった。

 奴は一応、『セフィロス』なのだ。オレの分身であるなら、この程度のモンスター相手に遅れをとるはずもなかろう。

 だが、やや疲れが見える。

 このモンスターとの対峙がいったい何頭目であったのかはわからない。

 目に見えて疲弊している様子ではないが、レオンを始め、我々がこの場にやってきたせいなのか、別の意味合いで、微かな動揺が見てとれるのだ。

 それが一体、何を意味するのかはわからないが。

 

「どうする、セフィロス」

 傍らのジェネシスがそう声を掛けてきた。もちろん、こいつだとて、レオンと同じように、一刻も早くあのガラスの檻から、『セフィロス』を救い出そうと考えているのだろうが、それなりの思慮深さをもっているのだ。

 気になるのは、ガラスケースの中の『セフィロス』が、レオンが側によって力尽くでケースを破壊しようと試みていることに、なんらかの戸惑いを感じているように見られることだ。

「……大きな怪我はなさそうだが、敵が姿をあらわすまで、『セフィロス』を放置しておくのは上手くないだろう。やはり早急にこちらの手元に戻してやるべきだ」

「ああ、わかっている。だが……」

「だが……なんだ、セフィロス」

「いや、あの男……レオンが側に寄っているのに、素直に応じようとしていない。むしろ、途惑っているというべきか……」

 さきほどからずっと気になっていたことを、ジェネシスに言ってみた。

「確かに何かレオンに話しかけているよね。聞き取れないけど、『近づくな』とでもいう素振りに見える」

「だろう?この場において、オレたちに向かっていうセリフにしちゃ不自然だ。ましてや、レオンの必死の形相を見れば……」

 そこまで言いかけたときであった。

 ガラスケースの中の『セフィロス』が、がくんと両膝を着いた。

 負傷のせいではない。さきほどの巨大モンスターでさえも一刀のもとに切り捨てたのであるのだから。