〜 Restoration<修復> 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
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 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

 

 朝の清涼な空気が、私たちの大切な家を吹き抜けてゆく。

 南国コスタ・デル・ソルとはいえ、この時分はとても過ごしやすい気温なのだ。

 もともと暑さに弱く、貧血を起こしやすい私にとっては、日中の雲一つない真っ青な空よりも、淡く色づいた頃合いの空のほうが好ましい。

 いつもならば、ひとしきりのんびりと空と仰いだ後、すぐに家事をする気になるのに……いや、むしろ、子供たちのことを考えながら、献立を考えるのが楽しく思うほどなのに……

 ここ数日……とはいっても、まだ三日ほどだか、私の朝は暗鬱に曇っているのであった。

 私は本当にじめじめと陰気な性格なので、きっと何もやることがなければ、ずっと部屋で鬱々と過ごしてしまうところだろう。そう考えれば、少なくとも誰かのために「すべきこと」があるのは、精神衛生上いいのかもしれない。

 

「おっはよー、ヴィンセント。ふあぁぁ、相変わらず早いねェ。傷の具合は大丈夫なのォ?」

 語尾をゆるく伸ばすような、独特の口調でヤズーが訊ねてくる。

 彼も朝風呂を終えて来たらしく、こざっぱりとしたボートネックのシャツとコットンパンツだ。

「あ、ああ。傷などもともと大したことはなかったのだから。ヤズーたちの方がひどかったくらいだろう」

「んー、俺たちは何ともないよ。あー、でも二の腕にさァ、アザ残っちゃってんだよねェ。早く消えてくれないかなァ」

 そんな風に言いながらキッチンへ向かう。もちろん私も一緒にだ。

「さてと、ヴィンセント、今朝は何にする?」

「ん……おまえたちの食べたいものがあれば……」

「俺たちは何でも食べちゃうし。ほとんど好き嫌いないもの。ん〜、それじゃあ、和食にしようか。あなた、好きでしょう」

「あ、ああ」

 いつものように簡単なやり取りをした後、互いの作業に入る。私もヤズーも食事の仕度は長くしているから、ペースも上手い具合に合うのだ。

 日頃、愚図で他人に迷惑ばかりかけている私なのに、何故か家事一般は苦痛にならない……というか、むしろ他者よりも能力的に秀でているらしかった。何の取り柄もないと思っていたのに……おかしなものだ。

 いや家事能力に秀でているという自覚はなかったのだが、この家に家族が増え、皆に誉められるようになってから、それは私にとって密かな自負になっていたのだ。特に……そう、セフィロスがやってきて、食卓を共にするようになってから。

 彼はとても率直で衒いのない物言いをするせいか、誤解されやすい人柄だと思うのだが、その彼が私の作ったものを「美味い」と言ってくれたのだ。そして食事の時間が楽しみになった、とも。

 そのときは、驚くと同時に照れてしまって、まともに返事をすることができなかったのだが、本当に本当に嬉しかった。それまでは皆の栄養を考え、ごく機械的に料理をしていたのだが、彼に誉められてからは、試行錯誤を繰り返すのがとても楽しくなったのだ。

 

 

 

 

 だが……

 もう三日になる。

 いつもの食卓に、人ひとり足りない。

 それはなんと言葉にしがたい寂寥を感じさせられるものなのだろうか。

「おっはよ〜、ああ、いい匂い〜」

 クラウドが居間にやってきた。ああ、もうそんな時間なのだ。

 いつもなら……いつもならば、セフィロスの方が先に、無愛想な顔をして居間に入ってくるのに……そして陽気にじゃれつくヴィンを適当にいなして、ソファで新聞を読むのだ。

「ヴィンセント、冷めちゃうよ。さっさと並べちゃお」

 ヤズーに声を掛けられて、ハッと顔を上げる。

 ……いけない。クラウドに心配されてしまう。ここ数日、おのれの物思いに沈む時間がひどく長くなっているようだ。

「おっはよ〜、ヤズー、ヴィンセント! あれ、兄さんのほうが早いッ!」

「干し物終わったよ〜。あー、お腹空いた!」

 カダージュとロッズも食卓に揃った。

 ふたりは今まで以上に、家の事を手伝ってくれる。きっと、消沈している私に気を使ってくれているのだろう。

「いっただきまーす!」

 皆の声が揃って、朝食が始まる。

 ……私だけでなく、皆もセフィロスのことを気にしているに違いない。

 本人が「二、三日留守にする」と言って出ていったのだから、敢えてそれには触れないようにしている感じだ。

 私のせいで、セフィロスと言い争いになってしまったクラウドなどは、口ではきついことを言いながらも、やはり彼の帰宅を待っているのだと思う。

 

「あ、そうだ、ヴィンセント。俺さァ、今日はウエストのWRO支部に泊めてもらうから。晩ごはんいらない」

 クラウドが言った。

 そういえば、昨日、リーブから届け物を依頼されたと言っていた。

「ぶっちゃけ、今、外泊とかしたくないんだけどさー。場所が場所だから、夜通しバイクとばしてきても、うちに着くの夜明け前とかになっちゃうんだよ、あそこからだと」

「クラウド……それはいけない。ちゃんと泊めてもらったほうがいい。万一、事故など起こしたら……」

 私は以前の入れ替わり事件を思い出し、少し固い口調でそう言った。

「えー、それは平気だよ〜。でもさー、明け方じゃ、ヴィンセント起こしちゃうでしょ。アンタ、すぐ起きてきちゃうんだもの」

「それは当然だ。おまえが仕事を終えて戻ってきたのだから」

「だからって、時間によるでしょ? ダメだよ、ヴィンセントが疲れちゃうもん」

「そういうことではなくて…… 疲労した身体で、睡眠もとらずに、運転して帰ってくるということが心配なのだ。おまえにもしものことがあったら……私は……」

「やだー、ヴィンセントってば、大げさだよ〜」

 喉元過ぎれば……なのか、若さの特権か、クラウドは以前の事故のことなど数のうちに入れていないようだった。

「俺は大丈夫。ちゃんと気を付けてるから。だから今回も向こうで一泊だけするって言ってるだろ?」

「ん……それならば……いいのだが」

「うんうん。なんかこうイイ感じの会話ですなァ」

 などとヤズーが茶化す。ごく普通のやり取りだと思うのだが。

「イイですなァ!」

「ですなァ!」

 と、ロッズとカダージュだ。このふたりは、よくこんなふうに、ヤズーの物言いの後追いをするのだ。

「おまえらは、もっと俺様の心配をしろよ、コノヤロー!」

 つけつけとそう言うと、クラウドは残っていた御飯を一気に食べきってしまった。

「あー、ほら、ゴハン粒〜、兄さん、子供みたいだよ!」

「あ、とってとって。ヤバ、つい話込んじゃった。時間なくなっちゃう」

 そういうと、きちんと言い聞かされた効果か、すぐに歯磨きを終え、身支度を整えた。

「じゃ、行ってきます!」

 私の頬に背伸びをして口づけ、彼はダカダカと飛び出して行った。