セフィロス様の生涯で最悪な日々
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<5>
 
 セフィロス
 

  

「ああ、おはよう、セフィロス。……どうしたのだ?めずらしくもそんな厚手のガウンなど着込んで」

 スープ皿を温めていたヴィンセントは、オレを見るなり小首をかしげた。

 クソ……いっそ、女になるなら、こいつがなっちまえば何の違和感もないのに!どうして、こんなに華奢で儚げな人間が『男』で、オレの身体が女になってしまうんだ……!

「どうかしたのか?ああ、昨夜遅かったから風邪っぽいとか……だったら、無理をしないで寝ていてくれてかまわない。食事は部屋へ運んでもいいのだから」

「……ヴィンセント、何も言わずそこに座れ」

 目の前でテキパキとテーブルセッティングをしているヴィンセントに、重々しく声を掛ける。いや、そんなつもりはないのだが、自然と重苦しい物言いになってしまう。

「ヤズーまでどうしたのだ?そんな顔をして……」

「う、うん。朝ご飯の前に……その、ヴィンセントに話しておきたいことがあるんだって、セフィロスが」

 とイロケムシが言った。

 『セフィロスが』の部分を強調していうということは、なるべくオレの口から説明して欲しいのだろう。もっともいくら口の上手いイロケムシでも、この事態ばかりは、なんとも言いようがないのは頷ける。

「朝食の前に……?それはかまわないが……どうしたというのだ、ふたりとも」

 不思議そうにヴィンセントがオレの顔を見つめた。

 やめろ……やめてくれ……今はそんなふうに、穴が空きそうなほど見つめないでくれ。

 

 ヴィンセントは、オレが言ったように、スツールに腰を下ろした。オレも真向かいの椅子に腰掛ける。イロケムシのヤツは、所在なさげにそこらをうろつき回っている。

「座ったが……それで何だというのだ?」

 少しばかり不安そうに、ヴィンセントが訊ねてきた。

 ヴィンセントは何でも、すぐさまよくないほうへ考えるくせがある。この男の半生を思いやれば、マイナス思考にも納得がいくが、今はまったく関係のない話なのだ。

 ああ、クソ、オレまでマイナス思考になりそうだ。

「あ、あのね、ちょっと、問題が起こっちゃったの、セフィロスになんだけど……」

 気を取り直したように明るい様子でイロケムシが言うが、ヴィンセントはまだ不安げに探るような眼差しをオレに向けている。

「そう……オレにとっては一大事だが、とりあえず、おまえには関係ないから安心しろ」

 元気づけるようにそう告げたが、ヴィンセントはめずらしくも眉をきりりと吊り上げて口を開いた。

「き、君にとっての一大事なのに、私に関係がないなどということがあるだろうか……!いったいどうしたというのだ?君に何が起こったというのだ?ホロウバスティオン行きと何か関係があるのだろうか?」

 腰を浮かせてヴィンセントが訊ねてくる。なるほど空間のよじれに身を投じたのはつい最近の話だ。皆、そのことが関係しているのではないかと考えるのだろう。

 だが、実際のところ、関係しているのなら、このぶよぶよした身体とどんな関係なんだと問いたくなる。

 

 

 

 

 

 

「……いいか、ヴィンセント、落ち着いて聞いてくれ」

 そう前置きをすると、ヴィンセントは、

「ああ!」

 と言って強く頷いた。どうも何か誤解しているようだ。オレの不都合は誰かの努力や尽力でどうこうできる種類のものとは違う。ただ、元に戻れるそのときまで、堪え忍ぶしか方法はないというのに。

「ええと……そのね、セフィロスの身体なんだけど……」

「そう……オレの身体なんだが……その……」

「か、身体?まさか、怪我とか……」

 ダメだ、婉曲に言おうとしても、言いようがない。

 事実はただひとつ、『女になった』ということだけなのだから。

「ち、違う、そんなことじゃない。いや、むしろそうであったほうがどれほどマシかという気分なんだが……」

(セフィロス、前置き長い!)

 と、イロケムシが小声で叱咤してきた。

「いいか、驚くなよ。あ、いや、それは無理かと思うが、とりあえず取り乱すな」

 自分でそう言ってても、無茶だろうと感じながら、深刻な面持ちをしているヴィンセントに前置きをした。

「わ、わかった、その……なるべく平常心を保つよう心がける」

 何を想像しているのか、ヴィンセントは真剣な口調でそう返した。

「あのな、今朝、目が覚めたら、身体がおかしかったんだ」

「身体が……おかしい?」

「そ、そうだ……だから、その……」

「…………?」

「その……ああ、もう!遠回しになんぞに言いようがねぇ!なぜかオレの身体が『女』になってたんだ!」

「…………」

「…………」

「…………」

 決定的な事実を口にした後、オレたち三人は顔をつきあわせたまま、しばし黙り込んだ。

 次にようやく口を開いたのはイロケムシだった。呆然としているヴィンセントになんとか上手く理解させようという気持ちからだろう。

「ええと……あのね、ヴィンセント。これってウソじゃないんだよ。俺も最初たちの悪いジョークかなんかだと思ったんだけど、本当のことなんだ」

「え……あの……」

 どうしてよいのかわからないように、ヴィンセントがおどおどと手を口元に持ってくる。

「あ、あの……それは……ちょっと言っている意味が……」

「うん、わからないよね。でもね、セフィロスの言葉通りなんだ。今朝、彼の身体は女性のものになってしまったらしい。いわゆる女体化といえばいいのか」

「気色の悪いものいいをするな、イロケムシ!」

 『女体化』などという単語は、質の悪い小説だの、オタク向けのアニメでしかお目にかかれないというのが、オレの中の浅い知識にあったからだ。