セフィロス様の生涯で最悪な日々
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<6>
 
 セフィロス
 

  

「セフィロスの……身体が、女性のものに……?」

 ほとんど独り言のようにヴィンセントがつぶやく。

「……オレにも何が何だかわからないんだが……また、この家の『不思議』が起こったんじゃないかと思う。昨夜は何ともなかったはずだからな」

「…………」

「ねぇ、大丈夫、ヴィンセント?」

「おい、呆けているなよ。泣きたいのはこっちのほうなんだからな」

 ぼんやりとしたまま、なにもいわないヴィンセントに、口々に声を掛けた。どうにもヤツの顔を見ていると、未だにしっかりとした実感が無いという様子に見える。

「……おい、ヴィンセント?」

「あ、ああ、失敬。その……言っていることはわかるのだが……あ、いや、非常に困ったことになったのだということは理解できる……」

 微かに頬を上気させ、おろおろとした素振りを見せる。

「え、ええと……今のセフィロスは、女性の身体で……常とは異なる状況にあるんだな?」

「そういうこった」

 吐き捨てるようにオレは言った。

「な、ならば、慎重に様子を見なければ……そんな、ガウン一枚に素足でふらふら歩き回るのはよくない」

「あれ?案外ヴィンセントってば、落ち着いてる?」

 ヤズーが目を丸くしてそう言った。実のところ、オレも同じことを考えていた。こいつの性格から鑑みるに、泣きわめくたぐいのことがらではないものの、ショックが大きくて失神するのではないかと思っていたからだ。

「大騒ぎするとは思っていなかったけど、ショックが大きくて倒れるんじゃないかと心配したよ」

「い、いや……ショックは……そのとてつもなく大きい。今はなんとか話の内容を必死に頭に刻み込んでいる段階だ」

 馬鹿正直にヴィンセントがつぶやいた。

 なるほど、さきほどからどこか視線がうつろで、オレとは目を合わさないようにしていた。

「ヴィンセント、この際、きちんと理解しろ。……というか、認識してもらわないとオレが困る」

 そういって、ヴィンセントの両手を取ると、ぐいとオレの両胸に押しつけた。

 すると、

「ひっ……」

 という高い悲鳴を上げると同時に、お約束のようにその場に頽れたのであった。

 

 

 

 

 

 

「はい、カモミールティー。少しは落ち着いた、ヴィンセント?」

 イロケムシがマメマメしくタオルだの、気付けの茶だのをリビングのテーブルに置いていく。

 ヴィンセントはソファに横になっていたが、ようやく身を起こして、ハーブティーに口を付けた。なんでもカモミールという種類は、沈静作用があるそうだ。

「あ、ああ……ありがとう」

「セフィロスってば、ヴィンセント相手に無茶しないでよね。ショック受けるのわかってるでしょう」

 と、なぜかオレが叱られる。こちらとしては端的に現状認識させるための方法だったというのに。

「あ、いや……すまない。私が……」

 そしておどおどとヤズーにとりなすのも、ヴィンセント本人なのだ。

「だが、まぁ、これでわかっただろう。ウソでも冗談でもねぇ、これが今のオレの身体なんだ」

「ほ、本当に女性の肉体に……ああ、いや、もはや疑うべきではないな」

 そういいながら、ヴィンセントはきちんとソファに腰を落ち着けた。

「この……今回の『不思議』は、相当注意しなければならない。いずれ時が解決するにしても、セフィロスは日頃の立ち居振る舞いについても、意識することが肝要だ」

「いや、だからそこだ」

 と、オレは言葉を挟んだ。

「こんなバカげた状態なんだ。これはもう時期が来るのを待つしかないだろう。だが、おまえらふたりはいいとして、他のガキどもにはどうすればいい?話をするのもやぶさかではないが、クラウドはともかく銀髪の後ふたりには言わない方がいいかもしれんな」

「まぁね、カダとロッズはおこちゃまだからねぇ」

 と、ヤズーが苦笑した。

「でも、セフィロスってば、無駄にナイスバディじゃない?まぁ、昨夜のパジャマは俺のを無理に着せたからボタンが弾けちゃったらしいんだけど、普段着ならなんとかごまかせないかな」

「ナ、ナイスバディ……た、確かに女性の最たる特徴というとバストだからな。その点は……」

 ヴィンセントも赤面しつつ思案顔だ。

「さらしかなんか巻いておけばいいだろ」

「ああ、まぁ、そうね。ちょっと窮屈かもしれないけど……」

 と、ヤズーがいい、そのままダイニングに戻ると、長いさらしを持ってきた。

「これでも短いから、長いの二枚縫いつけておくよ。それなら、セフィロスの胸も隠せると思う」

「だ、だが、無理に胸を締め付けるようなことをするのは、女性の身体にとっては好ましくないのではないか?セフィロスの健康を損ねるようなことは……」

「ああ、布きれ巻き付けるくらい、どうということもねぇ。とりあえず、胸にはそいつを巻いておく」

 ぼよぼよと突き出た邪魔なこいつが見えなくなるなら、二重にでも三重にでもさらしを巻いてやる。

「じゃあ、クラウドのやつには戻ってきたら説明する、と。ガキふたりはごまかしきるぞ」

「うん、俺もそれでいいと思う」

 と、すぐにヤズーが同意した。

「わ、私も……そ、その、クラウドへの説明は私とヤズーがしよう。君は大分疲れているように見える。部屋で休んだ方がいい」

 と、ヴィンセントはひどく心配そうにそう勧めた。……今のオレは女の身体だから、と考えてしまうのは、やや被害妄想に過ぎるのだろう。