セフィロス様の生涯で最悪な日々
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<11>
 
 セフィロス
 

  

「だるい……」

 ヴィンセントが朝食を持ってきてくれたとき、正直にそう言った。

 昨日からほとんど食事もせず、ふて寝していたせいか、どうやら風邪を引き込んでしまったらしいのだ。

 不快でしかたがなかったが、一応風呂にも入ったし、普通に晩飯も食べた。

 カダージュやロッズが、この身体に気付かずにいてくれたのは大いに救いにはなったが、それでもやはり気分が晴れるわけではない。

 

「食事はできるか、セフィロス。熱を測ろう」

「あまり食欲はないな。なんだか、かったるい……」

「やはり、いつもとは身体の調子が違うから……風邪を引いてしまったのかも知れないな。体温計をもってこよう」

 そういうと、ヴィンセントは急ぎ足で部屋を後にした。

 女の身体になるだけでなく、この上風邪っぴきなんぞ冗談じゃない。

 そうは思うが、頭はボーッとするし、まともな思考が出来なくなっている。肩もこっているような感じだし、何も食べていないにもかかわらず、腹が重苦しい。

 悪いものを食った覚えもないし、このだるさ、熱っぽさはやはり風邪なのだろう。コスタ・デル・ソルは日中、余裕で30度を超えるのに、夜間に冷え込むことが多いのだ。濡れ髪のまま寝込んだのなら、やはり冷えたのだと思われる。

 

「36.9度……うーん、微熱って感じかなぁ。でも、食欲がないっていうのは心配だね」

 イロケムシまでやってきて、濡れタオルなどを用意してくれる。

「ちょっといろいろあったからねぇ。とりあえず、食事は後にして、眠った方がいいよ」

「そうだな、昨夜は少し寒かったから……風邪の引き始めかもしれない」

「ああ、もういい、とりあえず寝てりゃ治る」

 そういって外野を追い払おうとしたとき、ふたたびドアが開いた。

「これ、テーブルの上に置いてあったけど、熱冷ましと鎮痛剤?セフィロス、具合が悪いのか」

 ジェネシスが水と薬を持ってやってきたのだ。

「水だけよこせ。そこまで熱は高くない」

 ぶっきらぼうにそういうと、グラスの冷やだけを受け取る。

「疲れが出たかな。後で食べやすい物でも腹に入れて、薬を飲んだほうがいいな」

「オメーらがそこにいると落ち着かないだろ。さっさと出て行け」

 手を振って連中を追い返そうとしたが、さすがにヴィンセントは粘るのだ。

「セフィロス、しばらく側に付いていてはまずいだろうか。君が眠るまで……」

「……風邪だったら感染るだろ。オレは大丈夫だから向こうへ行ってろ」

「でも……ジェネシスも心配して泊まってくれてるくらいだから。もし君になにかあったら……私は……」

「……身体が元に戻れば全部終わりだ。いいからオレのことは放っておけ。大丈夫だ、問題ない」

 繰り返しそういうと、ようやくヴィンセントは額のタオルを代えた後に、部屋を出て行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 熱のせいか喉が渇く。

 もらった水を一気に飲み干すと、ようやく人心地付いた気分になる。

 一眠りしてしまえば、この程度の風邪、すぐに治るだろう。

 具合が悪いのに、いつまでもぼんやりと過ごしているから、よけいに気分が落ち込むのだ。サニタリーを使った後、さっさと眠ってしまおう。

 そう考えて寝台から身を起こす。やはり身体全体がだるく、特に腹が重いような痛いような不快感がある。

「ジェネシスの手みやげのせいじゃねーだろうな」

 と、ひとり文句を吐き、洗面所の扉を開ける。さっさと用を足して眠るに限る。

 

 どうも椅子に座った姿勢で小用を足すのは慣れないが、これも身体が元に戻るまでの辛抱だ。

 身支度を済ませ、水栓のレバーに手を差し伸べたときに、

『それは起こった』。

 

 いや、実際にはその前から始まっていたのだろうが、現物を見たのは初めてだった。

 

「うああぁぁぁぁぁーッ!」

 ザバッという水洗の音と、オレの悲鳴が重なった。

 サニタリールームから、こけつまろびながら部屋へ戻ってくる。

 パンツを引き上げてあったのはせめてもの救いであった。

 

 案の定、オレの大声は居間まで響き渡ったらしく、家にいた三人が……そう、三人であったのはこの際幸いだったと考えるべきであろう。

 その三人が先を争うように部屋に飛び込んできた。

 飛んできてくれた……という表現がぴったりだった。情けないことに、オレは腰を抜かしていて、まともに立ち上がることすら出来ない状態だったからだ。

 ドッドッドッと胸が高鳴り、嫌な汗が噴き出る。

「セフィロス、どうしたのだ……!」

 真っ先にヴィンセントが走ってくるが、腰の抜けたオレを抱え上げることはできない。むしろそれでいいんだ。ヴィンセントに抱き上げられたとしたら、オレは生涯消えない、心の傷を負うことになっていただろうから。

 ジェネシスもイロケムシもひどく深刻な顔をして、オレの前に膝をつく。

「はぁっ……はぁっ……い、いま……いま……」

「ヤズー、水を。オレはセフィロスをベッドに戻すから」

 とジェネシスが腕を差し伸べたが、もはやそれに逆らう気力は残っていなかった。

「わかった!」

 そう言ってイロケムシはグラスに水を汲んで、すぐさまとって返してきた。

「はい、セフィロス、お水」

「はぁっ、はぁっ……」

 荒い吐息を水で収めようとするが、今度は身体の震えがとまらなくなった。動揺がまったく静まってくれない。

 ああ、人生最悪の日々だ!この生涯を通して、ここまで最低な気分になったのは生まれて初めてだ。

 しかも、今のは何なんだ。なんだったんだ、あの……信じがたい『モノ』は……