Snow White
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<12>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

「ちょっと何だよ、アンタ、王子! ヴィンセントの代わりにって、ヴィンセントはもともとこっちの世界の住人じゃないんだからね! それに俺の恋人なんだから、決着が付けばすぐに元の世界に帰るんだから!」

 噛み付くような勢いでクラウドが叫ぶ。

「ク、クラウド……落ち着きなさい」

「まぁまぁ兄さん。ヴィンセントのことはともかく、囚われの乙女を救い出すことは、結果的に、王子様のためにもなるんだけど…… まぁ、確かに、まだ出逢う前の女性のことだから、何とも言い難いって気持ちはよくわかるよ」

 ヤズーが非常に丁寧に、王子の心に添った発言をした。

 すぐに言葉の見つけられない愚鈍な私は、彼の物言いに合わせてコクコクと何度も頷いてみせた。

「……よかろう。私とて、その女人を救い出すこと自体に反論があるわけではない」

 王子は穏やかにそう言ってくれた。

「そう! どうもありがとう。さすが王子様。騎士精神を持ち合わせているんだね!」

「……だが、ひとつ条件がある」

 ややわざとらしく持ち上げたヤズーの物言いを遮るように、王子は口を挟んだ。

「……条件? なんだ、言ってみろ」

 と、あくまでも偉そうなのはセフィロスである。

「事が済むまで、彼はこの場所にとどめておきたい。……君たちと一緒に行かせるのは、危険が伴うだろうし、私の元で保護していたい」

 王子は先ほどよりも、強い口調でそういうと、私の肩を引き寄せた。

「あ……いや、私は別に……」

 『大丈夫だ』と言い終える前に、クラウドが割って入った。

「ちょっと軽々しくヴィンセントに触んないでよ! それに、何?ヴィンセントひとり残していけっての!? アンタみたいなヤツのところに!? フザケんな、この……ッ!」

「ク、クラウド、よしなさい」

「放してよ、ヴィンセント! さっきから聞いてりゃ勝手なことばっか……」

「クラウド! 彼は私の身を心配してくれて言っているのだ。暴力を振るってはいけない」

「だって……!」

 すぐさま掴み掛かろうとするクラウドを、私は身を挺して押しとどめた。

「あァ、まぁ、そうだな。そのほうがこっちも都合がいいだろ」

 そう言ったのはセフィロスだった。

「おい、ちょっとセフィ!」

「セフィロス……?」

 今度は私とクラウドの声が揃う。

「ま、待ってくれ、セフィロス。白雪姫の奪回には、私も同行する。ただでさえ、多勢に無勢なんだ。私でも少しは役に立てるかも知れないし……」

「少数精鋭は、最初からわかってることだろ。今回の作戦は最終的には強行突破だ。力づくで女を取りもどすことになる。おまえみたいなヤツには不向きな戦闘だ」

「で、でも……」

「だいたい、おまえは、こびと共がその女と見間違えるほど、似通った容姿なんだろ。そんなおまえが、向こうの城に顔を出しゃ、かえってややこしいことになる」

 セフィロスはきっぱりとそう言いきった。確かに私は容姿のことに付いてまでは、考えていなかった。

「そうね、今回はセフィロスのいうとおりかな」

 ヤズーにまでそう言われ、私は返答に困惑した。

「忍び込んだとしても、結局のところお城に特攻かけるのに違いはないし、ヴィンセントには安全な場所にいてもらったほうが、兄さんだって安心して戦えるでしょ?」

「う…… まぁ、そりゃそうだけど」

「と、まぁ、そういうわけで、王子様。我が家のお姫様をよろしくお願いするね」

 ヤズーがおどけた調子でそういうと、ジェネシス似の彼は、大きく頷き請け負ってくれた。

「任せてくれたまえ。この人のことは、私が責任をもって保護すると約束しよう」

「……でも、迷惑を……」

 私がそういいかけると、王子は即座に首を振った。

「むしろ、あなたがどこかへ行こうとされるほうが困惑する。事が済むまでは、この城に居てくれたまえ」

「……王子」

「彼らもその方が安心して動きやすいはずだ」

 そこまで言われ、私はしぶしぶと頷き返した。

 

 

 

 

 

 

「セフィロス、これが先の居城の見取り図だ。渡すわけにはいかぬゆえ、頭に叩き込んでくれたまえ」

 王子は羊皮紙に描かれた、古い図面を開示した。ところどころ赤黒く汚れているのは、血の痕なのかも知れない。先々代の時代では、矛を交えた間柄であると王子が言っていたのだ。

「おう。おい、ガキども。しっかり見ておけよ」

 カダージュとロッズをも呼びつけた後、さっそく攻城戦の段取りに入る。

 気のせいか、ずいぶんとセフィロスが楽しそうに見える。もともと軍人として名高い彼であるのだ。久々の戦闘に腕が鳴るのだろうか。

「うわぁ、なんかごちゃごちゃしてる〜」

「難しそうだね」

 見慣れない図面を目の前に、ヤズー以外のふたりの兄弟が閉口した様子でそう言った。

「ったくオレ様の思念体のくせに使えねーガキどもだな。いいか、細かな部分はいい。エントランスから目的地までの最短距離といくつかの目印を覚えておけ」

 そういいつつ、セフィロスがポイントを掴んだ的確な説明をしてゆく。

「……彼はずいぶんと手慣れている様子だな」

 地図を見せてくれた王子が、脇の椅子に下がって、私に小声でささやきかけた。

「あ、ああ。セフィロスは元はとても優秀な軍人で……頼りになる青年だ」

「なるほど」

 と、ひとつ頷き返すと、先ほどまでよりは、ずっとうち解けた口調で静かに訊ねてきた。

「君たちは、皆で一つ屋根の下に暮らしていると言っていたな」

「そのとおりだ。海の見える家で、皆で一緒に……」

「髪の色や瞳の色のせいかもしれないが……家族とか血縁には見えないが。ああ、失敬。踏み込んだことを訊ねてしまって」

 ジェネシスによく似た王子は、興味で投げかけた質問を謝罪した。

「いや、まったく気にされぬよう。確かに、世間一般的な『家族』とは様相が異なるといえる。我々に血縁というつながりはないのだ」

「…………」

「……だが、絆はとても強いものだと信じている。これまでいろいろなことがあったが、私は、彼らを心から愛している」

「……なるほど。いかにも君らしい物言いだ」

 王子は静かな口調でそう言った。

「そうそう。私たちには貴方と、とても容姿の似通った友人が居て……最初、王子様の姿を見たときには、とても驚いてしまった」

「……ほう」

「ジェネシスといって、理知的で気持ちのやさしい素晴らしい青年だ。容姿は貴方とそっくりなのだから……いうまでもなく、すこぶるつきの美男子で」

「……君にそう言ってもらえるとは……私も少しは自信を持ってもよいようだ」

 低く忍び笑いをすると、王子は他には聞こえぬほど小さな声でつぶやいた。

「……? それはわざわざ他人にいわれるまでもないのではなかろうか。貴方はとても素敵な人だと……そう思う」

 力強く言い切った私に目線を寄越すと、彼は少しだけ苦しそうに微笑み、『ありがとう』とつぶやいた。