Snow White
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<26>
 
 クラウド
 

 

 

 

「ゲホッ……! ああ、ここ、出口みたい。セフィロス、兄さん、大丈夫!?」

 ヤズーの声に、意識をなんとか引き戻す。ギリギリとまで張り詰めていた緊張と、水の冷たさのせいだろう。セフィロスたちに出逢えたときから、何度か気が遠くなりかけた。

「オレはなんともないが、クラウドがヤバイ。急げイロケムシ!」

 間近でセフィロスの声が聞こえる。

 ……平気なのに。ただちょっと頭がぼうっとするだけで……きっと水飲んじゃったから……

 ああ、そうだ、上には白雪ちゃんがいる。セフィロスたちに言っておかなくちゃ……

 そう考えて、口を開くが、なかなか上手くしゃべることができない。

「……セ、セフィ」

「どうした? もうすぐ地上に出られるからな」

 こんなときだからなのだろう。普段は無愛想で意地の悪いセフィロスだが、子供の頃のように俺を励ましてくれた。

「……大丈夫だよ。それより、白雪姫、上……居るから。人の気配がしても敵じゃない……から」

「そうか。よくやった、クラウド」

「うん……ちょっとくたびれたけど」

 掠れた声で弱音を吐いた。そうすると、セフィロスが俺に頬ずりした。

「よく頑張ったな、クラウド。後のことは何も心配するな。その女を連れて脱出するだけだ」

「ん……」

「オレに寄りかかって楽にしてろ」

 長い間水に浸かった身体は、氷みたいに冷たくなっているのに、セフィロスと触れ合っている部分だけ、ほんのりと温かい。

 ここまで追い詰められた状況は、ここしばらく直面したことがなかったのに、なんだかそのまま眠り込んでしまいそうな安心感に包まれていた。

 ……白雪ちゃん、大丈夫かな……

 ゆっくりと瞼が降りてきて、俺はまた意識を失ったらしい。

 

 

 

 

 

 

 ガクンという衝撃に、薄れかけた意識が戻ってきた。

 目を覚ましたのは、セフィロスたちが、水牢から脱出し、あの大きな地下広場みたいな場所へ辿り着いた時だった。

「……白雪ちゃん……!」

 ヴィンセントそっくりな彼女に顔を覗き込まれ、俺は慌てて起き上がろうとした。だが、足に上手く力が入らない。

 よくよく落ち着いて自分の姿を見ると、びしょ濡れになった服が脱がされ、代わりにビロードのマントみたいなものを羽織らされていた。白雪ちゃんが着ていたものを拝借してしまったらしい。

 俺は蓑虫のように、マントでぐるぐる巻きにされ、彼女に抱きしめられていたのだ。

「セフィ……俺……」

「無理に口を聞くな。大分熱が高い」

 セフィロスが固い声で、俺の言葉を遮った。自覚はなかったが、このふわふわとした浮遊感、背中をゾクゾクと震わせる寒気は、どうやら発熱が原因だったらしい。

「クラウド、少しの間だけでいい。自分で歩けそうか?」

「平気だってば、セフィ、おおげさ」

 そんなふうに言い返したが、セフィロスは苦笑すらしなかった。眉を寄せた心配そうな面持ちは、小さい頃、側に居た彼のようだった。

「この場所から、上までは大分細い道になっているらしい。腰をかがめて人ひとり通り抜け可能かといったところだ」

「そうだね、負ぶって歩くには、スペースが足りない」

 セフィロスの言葉に、ヤズーが頷いた。

 ふたりとも白雪ちゃんから聞いたのだろう。もちろん、行きに通ってきた道なのだから、俺だってわかっている。

「うん、わかってる。大丈夫だってば。ほら、早く行こう!」

 声を励まして、俺はスックと立ち上がったつもりだった。

 ……そう、そのつもりだったのに、両脚から力が抜け、へなへなとしゃがみこみそうになる。間髪入れずにそれを支えてくれたのはヤズーであった。見れば彼はまだびしょ濡れのままで、セフィもヤズーも、自分のことを後回しにして、俺を気づかってくれたのだと気付いた。

「……兄さん、ダメだよ、いきなり立ち上がっちゃ。さっき、言ったでしょ? 熱が出ているんだからね」

「確かにぼうっとするけど、それほどヤバイ感じじゃないって。それより、ヤズーもセフィもびしょ濡れのまんまじゃん。俺より長く水に浸かってたんだから……」

「確かにとんでもない目に遭ったとは思うけど、俺たちは大丈夫だよ。……兄さんはずっと緊張を強いられていたからね。疲れが出たのかも」

「そのとおりだ。……一刻も早く脱出しなければな」

 そういうと、セフィロスは俺の濡れた髪を撫でてくれた。

 ……なんか、今日のセフィ……やさしい。

 俺が具合悪くしているのが理由だと思うけど、それでも心配しすぎだ。

「あ、あのさ、セフィ……」

 そう言ってやろうと口を開いたときだった。

 ズンと足元に地鳴りが走った。