Summer storm
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<1>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

 

「おいッ! クソガキ、そっちの板とってこい! ここを塞がないとダメだッ!」

「ちょっと……待ってよ、あ、雨が目に入っちゃって……うわッぷ……!」

「もたもたするな、ボケナスがッ!」

 

 ビョオオオォォォォォォ! ゴオォォォォォォ!

 

 いや、違う。アイシクルロッジ編ではない。

 ここは『コスタ・デル・ソル』常夏の国だ。

 

 俺たちが襲撃を受けているのは真夏のタイフーン

 ここに住む限り、避けて通れない試練らしいが、俺はこの土地に来て二年目。

 昨年の台風は大暴れすることもなく、あっさりと過ぎ去ってくれた。

 

 しかし、今年のヤツはハンパじゃないらしい。

 昨年の分を取り返すつもりかと感じるほどに猛威を振るい、俺の中古住宅をさんざんに痛めつけてくれるのだ。

 広間の窓際、そしてセフィロスの客室、俺の部屋がすでに被害にあっている。バスルームも、ヤズーたちが使っている離れのほうは水が溢れたということだ。

 ついに、そのままやり過ごせる状態ではなくなり、俺たちは暴風雨の中、大工仕事をするハメになった。

 

「ロッズ!ロッズ、ごめん、その板こっちで使うから」

 一階の壁を修理してくれているロッズのところへ行って声を掛ける。

「う、うん、2、3枚でいい?」

「セフィロスーッ! 何枚〜ッ!?」

 俺は、セフィロスに向かって大声を出した。それでも風雨の音にかき消され気味だ。

「おい、セフィったらーッ!」

「無理だよ、兄さん、この風の音じゃ……うわっぷ!」

 もろに横殴りに雨に吹き付けられて、俺たちは身を伏せた。

「そ、そうだよな……屋根の上だもんな……セフィ、大丈夫かな……」

「あの人は強そうだから……」

 巨漢のロッズにそんなふうに評されるセフィロス。

 彼は今、二階の屋根に上がって、壊れた屋根に戸板を打ち付けてくれているのだ。もちろん、急場しのぎの間に合わせだ。

 

 うかつだった。

 昨年のタイフーンにタカをくくって、今年はなんの備えもしていなかったのだ。みれば周辺の家々はきちんと防備を整え、修理すべきところは事前にすませていたらしい。

 おまけにここは別荘地である。タイフーンのこの時期、俺の家がある区域の住民たちは、わざわざ別荘に戻ってきたりはしないらしかった。

 大半が灯りの消えた家ばかりだ。

 その中で煌々と電気をつけ、パニックに陥る我が家であった。

 

「おい、クソガキッ さっさとしろッ!」

 何故かよくとおるセフィロスの怒声。

「わかったよーッ! ごめん、ロッズ、とりあえずそれもらってくわ」

「うん、こっちは一段落かな」

 ロッズがふぅと溜め息をついた。

「おまえも一休みしろよ。俺たちも一段落したら中に戻るから」

 俺はそう言い残すと、セフィロスのところに急いだ。

 

「遅いぞ、クラウド! さっさと上がってこい!」

「ちょっ……待ってよ……そんな簡単に……う、うわっぷ!」

「ったく誰のせいで、こんなザマになったと思っている!」

 板を抱えながら必死に屋根に上がった俺に、ブツブツと文句をいうセフィロス。

「だって、台風のせいだろ、仕方ないじゃないか」

「コスタ・デル・ソルはタイフーンで有名な土地柄だぞ! こんな、くそボロイ別荘に、何の手も施していないのがそもそもの間違いだろうッ」

 長髪をヒモでひとつにくくって、大工仕事にいそしむセフィロス。文句を言いたくなるのもわかるけど、勝手な居候のくせに偉そうなことを言わないで欲しい。

 

 俺がむっつりと頬を膨らませていると、

「ほら、どけ!」

 などと言って、今度は邪魔者扱いしてくれる。

「セフィロス、兄さん! そっちはどう!?」

 やってきたのはヤズーだ。彼は水道管の状態を確認するために外に出てきていた。離れのバスルームから水が逆流し、さんざんな有様になったのだ。

 いさましくも、ズボンを膝のあたりまで括り上げ、長い髪は一つに束ねている。

「うん、こっちはもうちょい。ヤズーのほうは?」

「ああ、管自体は問題ないみたいだね。バルブが緩んでいたから締め直しておいた」

「そ、そっか……」

「ねぇ、二階、大丈夫? 俺も上がろうか?」

「え、ええと、セ、セフィ……」

 自慢じゃないが、俺は器用なほうではない。いや、ぶっちゃけ不器用と言ってしまった方がいいだろう。しかたなくセフィロスの指示を仰ぐ。

 ガンガンと金槌で、釘を打ち付けていたセフィロスが頭を上げる。

「いや、必要ない。とりあえず応急処置は終わった」

「そう、さすがだね、セフィロス」

「そこのガキと比べるな。一応、家の周囲を確認しろ。問題なければ、できるのはここまでだな」

 そういうと、セフィロスはひらりと二階から飛び降りた。そんな気障な物腰が様になっているのが憎たらしい。

 

 そんな折り、玄関がギイと開く。

 

「あ、あの……みんな、状況はどうだろうか……風呂と……食事のしたくが……」

 おっかなびっくりという様子で姿を現したのはヴィンセントだった。

「あ、ヴィンセント、危ないよ!」

 慌てたようにヤズーが声をかけるが、突風は休むことなく吹き付けているのだ。

 

 ビュォォォォォォ!という悲鳴にも似た雨風に、ヴィンセントの身体が引っ張られる。なんせ石や木の枝さえも吹き上げるくらいの強さなのだ。

 

「……あッ……」

 小さな悲鳴を上げるヴィンセント。

 俺は、急いで二階の屋根から飛び降りたが、間に合わない。

 

 突風に持って行かれる細い身体を、ガシッと引き止めたのはセフィロスの片腕だった。

「……あ……セ、セフィロス……」

「寝ぼけてやがるのか貴様は。危ないだろう、中に入っていろ」

「あ、あの……す、すまない……あ、ありが……」

「いいから、さっさとしろ! 軟弱者がッ!」

 セフィロスのきつい物言いに悄然としてしまうヴィンセント。俺が抗議しようとする前に、さらりとヤズーが助け船を出す。

「やれやれ、セフィロスは、気に入りの人ほど当たりがキツイんだからねぇ」

「ヤ、ヤズー……」

「なんだと、この……」

 凄むセフィロスを無視して、ごく自然にヴィンセントの背に手を回した。

「さ、行こう、ヴィンセント。ご飯出来てるんでしょ? ほら、兄さんたちも早く」

「あ、ああ……あの……あの……」

「いいからいいから」

 ヤズーはヴィンセントを促して、さっさと中に入っていった。俺も急いで後を追う。

 手際よく手伝ってくれているヤズーに、文句をいう筋合いではないと思うが、なんとなく自分の役目を取られたようで不愉快だ。

 そんな俺の心を察したのだろう、さっそくセフィロスがからかってくる。

 

「やれやれ、やはりあの一件以来、分が悪いようだな、クラウド」

「な、なんだよ、それ! ヴィンセントには、ちゃんと謝ったって言ってんだろッ!」

「ごめんで済めば、ケーサツはいらないと、どこぞのだれかが言っていたよな」

 フフンと鼻で笑って、セフィロスが言う。

「ヴィ……ヴィンセントとヤズーは、フツーに仲がいいだけだもん! 俺はヴィンセントとそーゆーコトする仲だもん!」

「これだからガキは困る。そーゆーコトは誰とだってできるんだぞ。大人はな」

「うッ……」

「さて、あいつの美味いメシにでもありつくか。いや、その前に風呂だな」

「ううう〜……」

「泣け泣け、クソガキ」

 『例の一件』で迷惑を被ったセフィロスは、ひどく意地悪なことを言う。

 もっとも、あの件については、俺が悪かったと認めているから、それでもこうして黙って耐えているわけだが。

 

 俺たちが中に戻ると、ヴィンセントがすぐにタオルと着替えを持って玄関まで引き返してきた。確かにこのまま家の中に入り込んだら、床がびしょぬれだ。

「おい、中の様子はどうなんだ」

 セフィロスが訊ねた。

「あ、ああ、とりあえず雨漏りのするところにはバケツを置いて……ああ、リビングのほうはなんとか収まった。君が二階の屋根を修理してくれたおかげだろう。バスルームはゲストルームのと広い方しか使えないが……」

「そうか、わかった、オレは風呂に入ってくる」

 素っ気なくセフィロスが言った。

「あ、俺も先に風呂にするね、ヴィンセント」

「あ、ああ、食事の支度は済んでいるから、終えたらダイニングに来てくれ。ふたりとも身体を冷やさないように、きちんと温まって」

「うん、わかってるよ、ヴィンセント。アンタもちゃんと濡れた服は着替えるんだぞ」

 俺はそう言い置くと、バスルームに向かった。

 

 下着まで、びしょびしょで気持ちが悪い。

 玄関でおおざっぱに身体をぬぐったのに、その程度では話にならない濡れ方だ。

 おまけに夏場とはいえ、横殴りの雨にさらされたせいか、さきほどから背中がそくぞくする。

 ……しかし、失敗した。本当に。

 やはり天災を甘く見てはいけないのだ。

 昨年、この別荘に居をかまえたとき、もう少し気を配るべきであった。ヴィンセントにも夏のタイフーンのことは言われていたのに、仕事が忙しかったり、それこそ、セフィロスやカダージュたちに気を取られていた俺が悪い。

 

 俺は猫足歩きで、バスルームまで行くと勢いよく扉を開いた。

「ああ、兄さん」

 先客がいた。

 ヤズーが毛足の長いバスタオルで身体を拭いている。

「あ、ご、ごめん! ノックもしないで、俺、出てるな」

「何言ってるの、気にしなくていいよ。こっちはもう済んだし」

 そういいつつ、バスローブを肩に引っかけたまま、前も合わせずに髪をぬぐっている。

 なんとなく目のやり場に困る俺。

 三兄弟の中でも、一番造形の整ったヤズー。

 間近で見ると、睫毛などバサバサと音がしそうなほどだ。細く通った鼻梁、淡いバラ色の唇……

 細身ではあるが、しなやかな筋肉に覆われた肢体。

 それにヴィンセントと同じくらいの長身。

 まったくヤズーを見ていると、コンプレックスに打ちひしがれる。

 

 一緒に外を歩いているときなど、道行く男女が彼の美貌に見とれている様を何度も目にした。もっともヤズーは無関心で何の注意を払うこともなかったが。

 

「ヘックシ」

「ほらほら、早く入って」

「う、うん。あーあ、しかし、まいったなぁ」 

「ま、善後策は夕食の後で考えよう」

 ヤズーはのんびりとローブの帯を結びながら、にこりと微笑んでそう言った。

「うん……」

 俺は、ハァと肩で大きく吐息し、浴室の扉を開いた。