Summer storm
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<11>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

コンドミニアムに移ってきて、二週間目になろうという頃だろうか。

 夜……パジャマ姿のカダージュが、しょんぼりとして、私に話しかけて来た。

 

「……ねぇ、ヴィンセント……」

「……? どうした、カダージュ」

 私は応えた。

 この子がこんなふうに意気消沈しているのはめずらしいことだ。

 

 カダージュは、ちょこんと私の目の前に座ると、洗い物を畳むのを手伝ってくれた。

「…………」

「どうかしたのか? ……元気がないように見えるが?」

「うん……」

「…………」

 急かさずに彼の言葉を待つ。

 

「ヤズー……最近、夜、いないね」

 単語を組み合わせたようなしゃべり方をするカダージュ。

「え……あ……ああ、それは……」

「毎日じゃないけど……いないこと……多い」

「カダージュ……」

 ヤズーは、カダージュに話をしてあるとは言っていたが、少なくともこの少年が納得しているわけではないと知れる。

「ヤズー、お仕事だって言ってたけど……」

「あ、ああ、そうなんだ。別にカダージュを放っておいているわけでは……」

「……うん」

「おまえにしてみれば、いつも一緒にいたのだから……淋しいとは思うが……なにも心配する必要はない……」

「……うん。そうだよね」

「ああ」

 私は頷いた。

 カダージュのネコのような大きな瞳が私を見つめる。

「ヤズーってさ。とっても優しいんだよ」

「ああ、知っている」

「そんでね、すごく綺麗なの。間近で見ると女の人みたいに綺麗なんだ」

「ああ、そうだな」

「お外に行ったら……ヤズーのこと、好きになる人、いっぱいいると思う」

「……カダージュ……」

 私は彼が言わんとしていることがわかった。

 カダージュは、ヤズーに誰か好意をもつ人間ができたのではないかと不安に思っているのだ。

「……そうだな、彼のことを好きになる者はたくさんいるだろうな。でも、ヤズーが誰よりも一番大切に思っているのはおまえだろう」

「……ヴィンセント」

「カダージュは本当に彼のことが好きなんだな」

 なんとなく温かな気持ちになって、私は小柄な彼の頭を撫でてやった。

 おとなしく座ったままになっているカダージュ。

 

 落ち込んでいるときに、優しい言葉をかけられると涙腺がゆるむのだろう。

 私と会話しているうちに、カダージュはぼろぼろと涙をこぼし始めた。

 

「カダージュ……」

「そうかなぁ? そうなのかなぁ……? 僕も……そう思うんだけど……思いたいんだけど……」

「どうした?……なにを不安に思う必要があるんだ?」

「……だって、僕……ヤズーになにもしてあげらんないんだよ? ヴィンセントみたいに綺麗なわけじゃないし、アタマ悪いから優しい言葉とか思いつかないし、ごはんも作れないし……ヤズーは僕にいろいろしてくれるけど、僕はなんにもできないんだもん……」

 ポツポツと涙の粒が、絨毯に吸い込まれてゆく。

 なんとなくこの子の言葉を聞いていると、おのれが常日頃心のどこかで不安に思っている感情にいきつく。

 

 私もこの子と一緒だった。

 クラウドは、私のために様々なことをしてくれた。

 すべてが終わった後、抜け殻のようだった私を、無償の愛情で包んでくれた。

 側近くに呼び寄せ、生活の場所を用意し、日々の糧を得てくれる。私が彼にしてあげられることなど、ほとんどない。

 こうして、家事を請け負うくらいがせいぜいなのだ。

  

「……私も……」

 そうつぶやいた私を、不思議そうに見上げるカダージュ。

「私もおまえのように考えていた……いや、今でさえ、そう思ってしまうこともたびたびある。……だが、そのたびにクラウドに叱られるんだ」

 つい、くすっと笑いがこぼれる。

「彼は、『ただそこに居てくれるだけでいい』と言ってくれる。本当にありがたいことだと思っているのだが……彼と話をして、彼の髪に触れて……彼の側に居るだけでいいそうだ」

「…………」

「……ヤズーも……同じ気持ちなのではなかろうか?」

「……え?」

「おまえが彼の近くで笑っていること。彼の話を聞いて彼の髪に触れ、彼の側に居ること……おそらくそれだけで、ヤズーは十分なのだと思う」

「……そ、そうなのかな」

「ああ」

 私が慣れない笑みを浮かべてみせると、つられたようにカダージュも笑ってくれた。

「ヴィンセントがそういうんなら……大丈夫なのかなぁ……」

「ヤズーに限って、おまえが不安に思うようなことはあり得ないと思う……心配するな」

「うん……ありがと、ヴィンセント」

「……いや」

 未だ10代だということが私を安心させるのだろうか。この子相手だと、普段クラウドにも言えないような言葉を口にすることができるのが不思議だった。

「ヴィンセント、やさしい。優しくて綺麗。ヤズーとヴィンセントってどっか似てるかも。ごはん、おいしいし」

「……いや……私など……」

「兄さん、ずるい。ヴィンセント、独り占め」

「……あ……いや、クラウドは……別に……」

 

 

 カダージュとそんなやり取りをしていた時のことだ。

 

 ドガドガと重い足音を立てて、セフィロスが居間にやってきた。風呂上がりだというのに、平服に着替えている。しかも、洒落た外出着を身につけているのだ。

 

「おい、オレはちょっと出掛けてくる、鍵を貸せ」

「え……? あ、あの……」

「なんだ、さっさとしろ」

 私はキーホルダーを彼に手渡す。

「セ、セフィロス……あ、あの……どこへ……? もう十時を回るんだぞ?」

「ケッ、ガキじゃあるまいし」

 彼はそう悪態をついた後、にやりと人の悪い笑みを浮かべ、私に耳打ちした。背後で絨毯に座ったままのカダージュが眉を寄せる。

 

「……偵察だ」

「て、偵察? い、いったい……なにを……」

「フフン、決まっているだろう。イロケムシの働いてる店を覗きに行く」

 得意げにそう宣うセフィロス。

「えッ……えええッ?」

「おい、大声を出すな」

「セ、セフィロス……な、なぜ、そんな……」

「バカか、おまえは。からかいに行くに決まっているではないか。あのツンとすました、こ生意気な女顔をな」

「そ、そんな……ダ、ダメだ……セフィロス。し、仕事の邪魔になるようなことは……」

 慌てて止めようとするが、私の言うことなど聞いてくれる人間ではない。

「セ、セフィロス……ヤズーに迷惑がかかるような真似は……」

「フン、別に店をブチ壊そうってワケじゃない。客のフリをして様子を見に行くだけだ」

 などと物騒なことを言う。

 

「ちょっと、セフィロス、聞こえたよ!」

 ずいと私とセフィロスの間にカダージュが割り込んでくる。

「なんだ、ガキ。貴様になど用はない」

 素っ気ないセフィロス。

「待ってよ、行くんなら、僕も行く! 一緒に連れてってよ!」

「ハァ?」

 思い切り眉を顰めるセフィロス。

「カ、カダージュ?」

「僕もヤズーに会いたい! そんで、ヤズーは僕のものだって、確認すんの!」

「……カダージュ、ダメだ。子どもの入れるような店では……」

 急いで制止するが、聞きつけてくれるような状態ではない。

 

 間が悪いときに限って、さらに困惑する状況が待っているという。

 こんなドタバタ劇の真っ最中、風呂から上がってきたクラウドが、居間に戻ってきた。

「あれ、みんな、何してんの?」

「ク、クラウド……」

「あれ? なに、セフィ、どっか行くのか?」

「まぁな。じゃ、鍵借りていくぞ」

 面倒ゴトは御免とばかりに、私の手からキーホルダーを引ったくるようにして出て行こうとするセフィロス。

 だが、簡単にあきらめるカダージュではない。

 

「待ってよ! 待って待ってーッ! 僕も一緒に行く! 連れてってくれるまで放さないからッ!」

 こういう行動に出られるのが、年少者の強みなのだろうか。

 あろうことかカダージュは、セフィロスのズボンの裾にしがみつき、ぐいぐいと引き戻すのであった。

「カ、カダージュ……」

 慌てる私を横目に、気性の荒いセフィロスがキッと少年をにらみつける。

「放せ、クソガキ! 蹴り飛ばすぞ!」

「連れてってよ〜ッ! うわぁ〜ん!」

「泣けば思い通りになると思うなよ、ガキがッ!」

 そう言い放つと、本気でカダージュを足蹴にしようとするのだ。

「や、やめてくれ、セフィロス! こ、こら、カダージュ、危ないだろう。手を放しなさい」

「やだやだやだーッ! 僕も一緒に行くーッ!」

「……クラウド、セフィロスを止めてくれッ」

 横で突っ立っている彼に声をかける。

「ちょっ……ちょっと、話が見えないんだけど。何がどうしたっていうんだよ?」

 怪訝そうな顔つきで訊ねるクラウドに、私は手短に事情を話したのだった。