Summer storm
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<20>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 

 怪我人どもが戻ってきた。

 

 ロッズの肩を借り、ようやくコンドミニアムの居間まで辿り着くイロケムシ。

 オレの顔を見ると、バツが悪いように「ハハハ」と苦笑した。

 

「やれやれ……参っちゃったなァ……」

 さすがに意気消沈した様子で、イロケムシがつぶやいた。

「だが、ヤズーのおかげでその少女は心に傷を負わずに済んだのだ。おまえは本当に思いやりがあるのだな」                                                      

「やだなァ、ナイショにしてたのにさ。……ヴィンセントに言われるとね、なんか照れちゃうよ」

 苦笑しつつ、ヤズーがつぶやいた。

 

「それはそうと、治るのに一週間はかかるんだろ。ずいぶんひどく捻ったんだな」

 クラウドが、ヤズーの足元にしゃがみこみながら、包帯の巻かれた左足を、マジマジと見る。ついでにいうなら、チビガキ……カダージュも、そのとなりにしゃがみ込んで眺めている。ガキの行動は見ていて飽きない。

「うーん、あのときはとっさだったから、よくわからなかったんだけど、かなり腫れてるんだよねェ……困ったなぁ……今夜」

「今夜って……まさか、ヤズー、仕事に行くつもりなのか?」

 慌てたようにヴィンセントが言う。

 いやいや、まともに立っていることすらできないのに、それはどう見ても不可能だろう。

「ん〜……そのつもりだったんだけどね……」

 

「バカ言ってるな。踊るどころか歩けもしないホストが居ても迷惑なだけだ」

 冷ややかにそう言ってやる。

 キツイ言葉が気になるのだろう。ヴィンセントがおろおろとオレの袖を引いた。

「まぁ、セフィロスの言うとおりだよねェ。でもね……今日はちょっと特別なお客さんが来るらしいんだよ。前々から、支配人さんに頼まれてたんだよね……」

 思案深げにヤズーがつぶやいた。どうやら、この優男も、ヴィンセントに似た雰囲気のあの男を気に入っているらしい。

「でも歩けないんじゃ仕方ないよな」

 クラウドのガキがため息混じりにつぶやく。

 手持ちぶさたなのだろう。イロケムシの包帯をつまんだりひっぱたりしていじっている。

 

「客というのはどんなヤツがくるんだ? 支配人がわざわざおまえに頼むくらいだから、けっこうな上客なんだろうが」

「ああ、興味なかったから、くわしくは聞いていなかったけど……店に遊びに来るってだけじゃなく、ビジネスを兼ねているみたいなんだ」

「ふーん……ビジネスね。そうなると、世間知らずの若い女の子だと、話し相手にもならないよな」

 偉そうに世間知らずのクラウドが頷いた。

「うーん、いずれにせよ、俺が接客することになっていたわけだから……参ったなぁ……」

「…………」

「他に誰かつとまりそうな人、いないのかよ?」

「……そうだねェ……彼……店長さんくらいじゃないかなァ」

 

「……ヤズー」

 今まで口を噤んでいたヴィンセントが、ヤツの名を呼んだ。

 なにやら、思い詰めた表情をしている。

 コイツはいつもそうだ。自分のことよりも他人のことに必死になるタイプなのだ。

 

「なに? ヴィンセント」

「……私が代わりではダメだろうか?」

 

「え……」

 呆気にとられたような、ヤズーの声。

「ええええッッ!」

 という、クソうるさいのは、クラウドのガキだ。

 

「ちょっ……ヴィンセントォォォ! アンタ、何言い出すんだよーッ!」

「ク、クラウド、そんな大声を……」

「お、大声にもなるだろッ! と、とととととにかく落ち着け、ヴィンセント!!」

「おまえが落ち着かんか、クソガキ」

 オレは言ってやった。

 

 なんだか、面白いことになってきた。

 話だけ聞いていれば、あまりにも突飛な代案に思えるが、よくよく外見などを考慮して考えてみると無理とはいえないのだ。

 知ってのとおり、ヴィンセントの容姿はすこぶる整っているし、社会情勢や時事問題など、ビジネス系の話にも、それなりに対応できる教養もある。

 

「今回の……家の件では、ヤズーたちに本当に助けられた。それに、毎日、クラウドが頑張ってくれているから、私たちの生活が成り立っている……だったら、私にも何か一つくらい……この家のためにできることをさせてもらえないだろうか?」

 ヴィンセントは、ひどく真剣だ。

 まったく呆れるほどに、クソ真面目な男だ。ヤズーの協力もあるとはいえ、ほぼひとりで、家事を賄い、皆に気を配り、良好な人間関係を継続させているのはコイツだ。

 少なくとも、ヴィンセント以外の野郎どもは、皆理解していることなのに。本人だけが、その影響力を自覚していない。

 もっとも、クラウドにしてみれば、そこが歯がゆく、また可愛らしく感じるのだろうが。

 

「いや……ヴィンセントは十分、俺たちのために……」

 察しのいいヤズーが、口を開きかけたが、ここで引っ込まれてはつまらない。オレはヤズーの先を制すように言葉を挟んだ。

「ほぅ、感心、感心。見上げた心意気だ、ヴィンセント」

「なにエラソーに言ってんだよ、セフィ!」

 身を乗り出すクラウドの後頭部をボコッ!と殴る。

「痛ぁ〜ッ! 何すんだよッ!」

  

「ここまで、ヴィンセントが言うのなら、任せてみればいいではないか」

 オレは、ひょいと両手を上げて、ヤズーを振り返った。

 機敏なアイツは、オレのたくらみを想像するように、うろんな目つきをしている。

「あの支配人だったら、上手くフォローしてくれるだろ。何なら、貴様も一緒に裏方で様子を見守ってやったらどうだ?」

「セフィロス……」

 うるうるとオレを見つめるのはヴィンセントだ。

 潤んで感動した眼差しは、額面通りにオレの言葉を受け取っているのだろう。まったく可愛いヤツだ。

「……君は私の気持ちを理解してくれるのだな」

「ちょっ……ヴィンセント!」

「……クラウドもわかってはもらえないだろうか? どんな形ででもいい、私もこの家のために、そしておまえたちのために、何かしたと思いたいんだ」

「ヴィンセントは頑固だからねェ……」

 やれやれといった風に、ヤズーがつぶやく。そして、ちらりとオレに目線を遊ばせ、牽制した。

 

「じゃ、とりあえず、俺と兄さんが、裏で控えているってことでどう? 万一、トラブルになったとしても、兄さんが居れば、ヴィンセント、守ってあげられるでしょ?」 

「もちろんだ! ヴィンセントがどうしてもやるっていうなら、当然、俺も一緒に行く」

 ズンと仁王立ちになって胸を張るクソガキ・クラウド。

「あ、兄さんは、ホストはダメだからね。裏で控えているだけだから」

「わ、わかってるよ」

「おまえは今回役立たずだからな、イロケムシ。このガキだけじゃ心許ない。オレも一緒に行こう」

 オレは敢えて、ヴィンセントに向かってそう言ってやった。

 

 驚いたように目を瞠るヴィンセント。

「そんな……かまわないのか? 煩わしいのでは……?」

「他ならぬ貴様のためだ。時間を割くのもやぶさかではない」

「セフィロス……」

 オレの名を呼ぶ声が震えている。本当に簡単な男だ。

 

「ちょっ……なんで、セフィが一緒に来るんだよッ! アンタ、どうせ、面白がってるだけだろッ?」

「ふふん、心外だな、クラウド」

「クラウド……セフィロスの好意を無碍にするような物言いは……」

 なんとオレの味方をしてくるヴィンセント。

 おそらく他人を疑うより信じる習性がそうさせているだろうが、これはなかなか気分がいい。クラウドが、子どものように真っ赤な顔をしてくやしがる様も心地いい。

 

「じゃ、決まりだね。店の方には俺のほうから話をしておくから」

 にっこりと微笑んで、ヤズーが言った。

 オレのような人間がいうのもなんだが、聖母のようなと比喩したくなるような、慈愛に満ちた微笑であった。