Summer Vacation 
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<1>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 この日はとてもよく晴れた休日だった。

 

 ダイニングで昼飯のソーメンを啜っている俺たちに、午後の日差しが燦々と降り注ぐ。

 折しも季節は初夏……しかし、コスタデルソルでは、ここ数日、30度を超える真夏日が続いている。

 さすがのセフィロスも、いいかげんうんざりとした様子で……しかし、いっこうに食欲の衰えはなく……そう、身体に堪えるということより、単に鬱陶しいんだろう。憮然とした表情でソーメンを啜っている。 

 

 そしてこの日、期せずして、俺はソーメンを鼻から吹き出すという偉業を成し遂げたのであった。

 

 

「兄さ〜んッ! 久しぶり! 会いたかったよーッ!」

 チャイムの音と同時に、バアンと扉が開け放たれ、勢いよく飛びついてきたのはご存じカダージュだ。三兄弟の末弟で、猫のような少年である。

「カダ、どけよ! いつもいつも自分ばっかりずるいぞ! 俺だって兄さんに会いたかったんだからな!」

 ぐいぐいとカダを押しのけようとする巨漢・ロッズ。

「やぁ、ヴィンセント、相変わらず綺麗だね、会えて嬉しいよ。ああ、もちろん、兄さんにもね」

 けしからぬ物言いで、最後に入ってきたのは、彼こそ傾城の美男・ヤズーであった。

 

「ちょっ……な……おま……おまえら〜ッ!」

 俺は恥も外聞もなく動揺しまくった。なぜなら、ほら、俺のとなりの席にはセフィロスがいる。あーあ、のんびりソーメン啜ってる場合じゃないだろう?

 

 どうしよう? どうすればいい?

 まさか……まさか、こんなところで、セフィロスとこの三人が対面するようなハメに陥るなんて。

 いやいやいや、考えが足りなかったのは俺の方だ。

 カダージュたち三人は、ここ最近、ひどく俺たちになついてしまってて、ちょくちょく顔を見せるようになっていた。

 さすがに頻繁だと注意しようとしたところ、ヴィンセントに止められたのだ。普段、ほとんど口を聞かない彼が、どうやらカダージュたちの訪問を楽しんでいるらしいということがわかってからは、あまりうるさくいうのをやめてしまっていた。

 ……うかつだった、本当に……

 ……今は、平時と状況が異なる。なんといっても、ここには、セフィロスが居るのだ。

 

「カ、カダ、ヤズー、ロッズ、い、今はダメだ、わ、悪いけど……ご、ごめん、すぐ出て……」

 俺がそこまで言いかけた時だった。圧迫感のある長身が俺の後ろでゆらりと立ち上がる気配がした。

 

「おやおや……これはこれは……」

 つるんとソーメンを吸い込むセフィロス。このシリアスな場面でなにやってんだよ、アンタは!

 

「え……? な、あ、あんた……」

 カダージュの顔色が変わる。ヤズーは表情はまったく変えないが、纏う空気が剣呑なものに変化する。ロッズは事態がよく飲み込めていないんだろう。固唾をのんでふたりの兄弟を交互に見つめる。

 

「思念体の分際で、ずいぶんと好き勝手に動いてくれているな」

 セフィロスがにっと笑った。形のよい唇が歪み、ぞっとするような酷薄な表情に変わる。

「……セフィロス……」

 ヤズーが確信を込めた口調で、彼の名をつぶやいた。そしてそれと同時に、カダージュの華奢な身体が空を舞った。

 

「はぁッ!」

 ビュビュ!と風を切る勢いで、手刀を繰り出す、カダージュ。

「ダメだ、よせ、カダ!」

 俺は叫んだ。

「止めてくれ、ヤズー! 早く!」

「に、兄さん……ッ?」 

 ヤズーはカダージュに加勢しようとしていたのだろう。期せずして、俺の言葉が彼の出鼻をくじいたらしい。整った容貌に困惑の色をにじませ、俺を見る。

 

「なんで、あんたが居るんだ! 兄さんの側に寄るなッ!」

 カダージュの蹴りが、セフィロスの顔面を襲う。しかし、元・神羅の英雄は、顔色ひとつ変えずに、それを避けた。

「チッ!」

 カダージュが舌打ちする。続いて二の手、三の手と繰り出すが、セフィロスには通じない。

「よせ、カダージュ!」

「調子に乗るな、思念体が……」

 低くつぶやくと、セフィロスの瞳に危険な色が浮かんだ。到底、俺などには出来そうもない、瞬速でカダージュの手刀をガッ!とばかりに取り押さえる。

「くっ……!」

 強い力で捕縛され、カダージュの顔がゆがめられる。

「セフィロス! やめてくれッ!」

 俺はセフィロスの腕をとり、懇願した。

 

 チャッ!

 と、物騒な銃器の音が後ろで聞こえる。ヤズーだろう。俺は風を切る勢いでそちらを振り返ったが、幸い俺の相棒が、止めに入ってくれていた。

 

「ヤズー、銃を引け……ここはクラウドにまかせてくれ」

「ヴィンセント……」

「……たのむ」

 ヴィンセントがそう言うと、納得したようには見えなかったが、ヤズーは無表情のまま、銃を下ろした。

「セフィロス、もういいだろ! カダを放してくれよ!」

「……『カダ』? ずいぶんとおまえは、こいつらと親しくしているようだな、クラウド……」

「……だったらなんだよ!」

「気にいらんな」

 そうつぶやき、カダージュの腕をギリリと締め上げる。

「くっ……!」

 悲鳴を上げないのは、彼の矜持なのだろう。俺は本気でセフィロスの腕に飛びかかった。

「やめろ! カダを放せ! 噛みつくぞッ!」

「……フン、ガキが……」

 さもくだらなげにそう言い捨てると、セフィロスはカダージュの戒めを解いた。細い身体がドサリと床に落ちる。

「……痛っ……」

「カダ、大丈夫か?」

「う、うん……兄さん……」

 俺はすばやくカダージュの身体を抱きかかえ、俺のうしろに追いやった。ちょうど、俺を中点にして、三兄弟と、セフィロスが対峙する形になる。

 それで少し、気を持ち直したのか、すぐさまカダージュがシャーッとばかりに牙を剥いた。

 

「なんで、あんたがここに居るんだよ、ここは兄さんとヴィンセントの家だぞ!」

「フフン、私は客人だ。呼ばれもせぬ、こうるさいガキどもは消えろ」

「黙れッ黙れッ! 僕は兄さんの弟だ! 兄さんと仲良しなんだ! あんたなんて、さんざん兄さんにひどいことしたくせに、よくそんなことが言えるなッ!」

 ……まったくだ。

 と、俺は思ったが、もちろんここでは口に出さない。カダージュがここまで興奮している以上、セフィロスまでも激昂させるのは得策ではない。

 

「落ち着いてくれ、カダージュ……」

 カダージュに声をかけたのはヴィンセントだった。

「ヴィンセント〜ッ」

 カダージュがぐしゃりと泣き顔になってヴィンセントに飛びつく。幼いこの子は、物静かでやさしいヴィンセントになついているのだ。

「ヴィンセント〜ッ! ぼく……ぼく……」

「ああ、わかった……わかったから……落ち着け……」

 そっと髪を撫でてやる。

「だって、だって、セフィロス、兄さん連れてっちゃうよ……ぼく……せっかく……兄さんに会えたのに……」

「大丈夫だ……何も心配は要らない……」

 わずかに腰をかがめ、泣きじゃくる頭を抱きかかえるようにしてやっている。

 そんなカダージュと対照的なのがヤズーだ。氷のような眼差しでセフィロスを見る。セフィロスの挑発的な微笑にも、一切反応を示さない。

 冷たい光を孕んだままのヤズーの眼差しが気になるが、俺はとりあえずカダージュを落ち着けようと考えた。