Summer Vacation 
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<7>
 
 ヤズー
 

 

 

 

 

 

「三人してどこ行ってたんだよーッ!」

 そう叫ぶなり突進してきた兄さんが、セフィロスにおぶわれたヴィンセントを見て顔色を変える。

「な、なに、どうしたの、ヴィンセント? どっか怪我したのか? それとも具合が悪いのかッ? おい、セフィロス! ヤズー! どういうことだよッ!」

「騒々しいぞ、クソガキ」

 と、言葉が悪いのはセフィロスだ。

「い、いや、クラウド、違うんだ……その、足を挫いてしまって……」

「足を挫いた〜ッ? なんだよ、何したんだよ、セフィロス!」

「私のせいにするな。バカモノめが」

「違う、違う、セフィロスは関係ないって、兄さん。ちょっとね、砂浜で足を取られちゃったんだよ。どう、ヴィンセント、腫れたりしてない?」

 俺はセフィロスの背から降りたヴィンセントに訊ねてみた。

「あ、ああ、多少、違和感があるだけだ」

「そう? やっぱりおぶってもらってよかったね」

「……ああ、そのようだ。すまなかったセフィロス、迷惑をかけてしまって……」

「もう慣れた」

 と素っ気ない英雄。

 

「そ、その、嫌でなければ、また声を掛けてもらえれば……」

「フン」

 と、そっぽを向くと、セフィロスはそのまま居間を出ていった。自室に戻ったのだろう。

「…………」

「大丈夫。気にすることないよ、ヴィンセント」

「……ヤズー」

「ホントだって。俺、なんかそういうのわかるんだよ。人が心の中で考えてることとか」

「……そ、そうか」

「うん、大抵、当たってるから」

「ん……」

「ちょ〜っと、そこー! ふたりで分かったような話しない!」

 割って入ってくる兄さん、ずいぶんとお冠だ。

「ああ、クラウドにも心配かけてすまなかった……」

「いいんだよ、そんなことは! それより、足痛いんだろ? 風呂、だいじょうぶか? 一緒に入ろうか?」

「そんな……大げさだ、クラウド……」

「ひっくり返って頭でも打ったら大変だろ!」

 真顔で叫ぶ兄さん。うん確かに、セフィロスが言うように過保護かもしれない。しかし、まぁ、ヴィンセントもそうだから、お互い様というカンジではあるが。

 

「……クラウドは済ませたばかりだろう。ひとりで大丈夫だ」

「ホントに? じゃ、なにかあったら大声で俺のこと呼ぶんだぞ。リビングにいるからな!」

「ああ、兄さん、そんなに心配なら、俺が一緒に入るから。まかせておいてよ」

 俺はこの上ない笑顔を浮かべてそう言ってみた。

「おい、ちょっ……! ダメダメダメ! それは絶対ダメだ!」

「クラウド……声が大きい」

「もうッ! 平然としてんなよ、ヴィンセント! アンタ、もっと危機感を持ってくれ!」

「ああ、はいはい。冗談だよ、冗談。兄さんがあんまり必死なもんで、つい、ね」

「ヤズー、おまえなぁ!」

「ごめん、ごめんなさいって。じゃ、俺、離れのほうのバスルーム借りるね。ええと……カダとロッズは?」

 俺は、いつもくっついてくる弟の姿を捜す。

 

「ふたりとも、もう寝たぞ」

 憮然とした表情のまま、兄さんが言った。

「そうなの? ロッズはともかくカダも?」

「カダージュは、おまえが黙っていなくなるから、ふてくされたんじゃないのか」

「おやおや、困ったね。カダは難しいからなぁ」

「ふん、ザマミロ」

 仕返しとばかりに言い返す兄さん。

 俺はやれやれとため息をつき、一旦、部屋へ戻ることにした。

 

 

                    ★

 

 

 ここは、以前来たときにも俺たち三人に宛われた。

 「離れ」というほど、距離が取られているわけではないのだが、リビングから一番離れた場所に、来客向けの部屋とバスルームがしつらえてある。

 可動間仕切りのある、広間ひとつとすぐ続きの洋室だ。

 

 そっと足を忍ばせて、広間のほうに入る。着替えはこちらに置いたままなのだ。カンのいいカダージュが起き出してくるかと思ったが、彼はセミダブルのベッドにもぐりこんだまま、微動だにしなかった。

 俺はクローゼットの引出から夜着を取り出すと、そのまま静かに部屋を出た。

 真向かいのバスルームに入り、扉を閉める。

 

 ふぅ……と我知らず、大きく吐息する。

 あまり自覚はなかったが、さすがに今日は疲れているのだろう。

 

 その原因は、間違いなくセフィロスにあるのだろうが。

 まさか、あの人と、こんなところで、こんな形で逢うことになるとは。

 神羅の英雄、星の厄災……そして俺たちの創造主。

 

 なんというか……そう、思った通りの人だった……

 大きくて、強くて、綺麗で、傲慢で勝手な人……そして、不思議な人……

 

 兄さんのことが大好きで、もともとセフィロスに悪感情を抱いていたカダージュ。幼い彼にとっては、一方的に兄さんを困らせ、俺たちと兄さんを戦うようしむけたセフィロスを憎むのも当然の道理なのだろう。

 だが、俺はもっと純粋に、創造主に対しての興味があった。ああ、それはもちろん、好意を持って、という意味ではない。彼がいなければ、俺たちはここにこうしていなかったし、もちろん、兄さんたちに逢うこともなかったのだから。

 

 セフィロスによく似た……自分でいうと少し笑える……長い髪に湯をあてる。ミルク色のトリートメントが白く濁って流れ落ち、銀の髪が艶を含む。簡単に水を切り、髪をまとめると、俺は湯船に浸かった。今日一日の疲労が、湯の中に融けだしていくような気分だ。

 

 俺は目を閉じ、なんとなく今日一日のことを思い起こす。

  

 百獣の王に、向かっていく山猫カダ。

 ビービー泣きじゃくって、ヴィンセントに抱きつくカダ。

 憮然とした表情の兄さん。

 やさしくて低いヴィンセントの声。
 
 しゃがみこんだとき、砂浜に落ちたセフィロスの綺麗な銀の髪……

 

「やれやれ……」

 最近、これが口癖になりつつある。

 兄さんと逢って、カダージュが兄さんの動静に関心を示すようになってからだ。

 だが、不思議なことに、ロッズとカダージュと俺、三人きりで居たときよりも、俺は精神的に楽だ。常にカダージュが目の前に居り、俺に語りかけている状況よりも遙かに楽なのである。

「やれやれ……これじゃ、カダを愛してるなんて言っても、よけいに信じてもらえそうにないな」

 だれにともなく俺はこぼした。できれば、あの静かな人……ヴィンセントあたりに聞いてもらえれば、懺悔になるのかも知れない。

 そんな埒もないことを思いつつ、俺は浴室を後にした。