テンペスト
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<3>
 
 セフィロス
 

 

 

 

「ヴィンセントも、ウチの人にはずいぶんと過保護だけど、ヤズーはカダ相手となると、すごいよね。でもさー、あいつもここに来てからもう一年くらいにはなるだろ。メンタルも相応に成長してるんだよ」

「兄さんにそう言われちゃうとねぇ。アタマではわかっているんだけど、昔のカダが脳裏に焼き付いていてね。どうしても大手を振って自由にさせるのが不安なんだよ。……まぁ、これはほとんど俺のエゴだけどね」

 自覚はあるのだろう。イロケムシは憂い顔のまま、クラウドにそう応えた。

「ま、ヤズーの気持ちもわかるよ。俺だって、ヴィンセントがひとりでどっか行くってったら、心配でしかたないもん。おかわり」

「クラウド……食べ過ぎだ」

「だって、美味しいんだもん。いずれにせよ、ただのサマーキャンプみたいなもんなんだろ。十日間なんてすぐすぐ」

 軽く手を振って、クラウドが言った。

「そう……だね。でも、この企画が神羅カンパニーってのも、ちょっと気に入らないんだよ。変なこだわりだと自分でも思うんだけど」

 ヤズーのいうとおり、サマースクールの主催は神羅カンパニーらしい。ルーファウスの代になって、さまざまな分野に企業進出を果たしている。

 こういった教育系にも手を出しているのだろう。

「ほぅ、神羅はガキを集めて、学校ごっこもするのか」

 オレの物言いに、ヴィンセントが苦笑した。

「確か、昔の神羅にもエディケーションスクールがあったな」

「オレは経験ないがな。クラウドは修習生をやってただろ」

「うん、けっこう楽しかったな」

 クラウドに、オレとともにあった過去の話はタブーかと思ったが、ヤツはあっさりと受け流した。すでにこの地に来てからの、幸福な記憶が過去のそれを凌駕しているのかもしれない。

「まぁ、民間人相手のサマースクールで、神羅の修習生並みの研修するはずもないし、勉強半分遊び半分だろ。カダにはいい経験になるんじゃないの?」

「兄さんがそう言うなら。俺ももうちょっとカダと離れるのになれないといけないな」

「大丈夫……どれほど離れていようと、カダージュにとっての一番はヤズーだ。あの子はそこがしっかりと揺らぎ無いから、自分で進んで外に出て行けるのだ」

 やさしくイロケムシの背を撫で、ヴィンセントが言った。こいつの物言いには鎮静作用があるのだろう。

 気を張り詰めていた様子のヤズーも、深く吐息を放ち、頷き返す。

「そういってもらえると気持ちが楽になるかな。うん、明日は笑顔でカダを送り出してあげられそうだよ」

 

 

 

 

 

 

 今朝早々に、

「いってきまぁす!」

 と元気に飛び出していった末のガキである。

 船着き場までの見送りを辞退し、ひとりで出掛けていった後ろ姿を眺めると、なるほどここへ来たばかりの頃の、逆毛を立てた猫のような緊張感はなくなっている。

 オレの思念体のひとりで、もっとも強くその資質を受け継いだ末の種だというのが信じがたいほどだ。

 

「あー、アンダーシャツ、もう一枚持たせれば良かったかな?ミッドガルはこっちより夜が冷えるよねぇ」

 カダージュが、リュックから投げ出した服を片付けながら、イロケムシがため息を吐いた。

 当初はもうひとまわり大きなバッグに、いろいろと詰め込んでやっていたのだが、ぽいぽいといらない服だの薬の類などを放り出してしまって、小ぶりなリュックひとつで出掛けてしまったのだ。

「マリアちゃんとソフィアちゃんにも、よろしく言っておいたけど……大丈夫かなぁ」

「ヤズー……ふふ、まったく心配がすぎるぞ。女の子たちも笑っていたではないか。ああ見えて、カダージュはしっかりした子だ。きっと十日間充実した時間を過ごしてくることだろう」

「そうだよね……ヴィンセントがそう言うんなら……あっ、メール!」

 テーブルの上で震えているスマートフォンを、慌てて取り上げる。

「カダからだ。今から船に乗って出発しますって。女の子たちとの写メも着いてる!」

「どら……ほぅ、楽しそうだな。こうして見ていると、ごくあたりまえの16、7の少年だ」

 端からヴィンセントが覗き込み、楽しげにそう言った。

「また、何かあったらメールをくれるだろう。ほら、ヤズー。食べかけのブランチを終えてしまいなさい。昨夜からあまり食べていないのだから」

 ヴィンセントに促され、おとなしくイロケムシはテーブルに着くのであった。