テンペスト
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<13>
 
 カダージュ
 

 

  

 

 暗い地下室から続く、駐車場に連れて行かれ、そのまま車に乗せられた。

 後ろ手に手錠を嵌められ、ご丁寧に目隠しまでされているので、身動きはとれない。

 何より、一緒にさらわれてきた皆が居るのだ。軽率な行動はとれなかった。

「どこまで連れて行くんだ」

 ぼくはとなりに座っている男に訊ねた。しかし返答はない。

 

 ……どうやら……いや、彼らの短いやり取りでわかったのだが、ぼくたちをさらった主犯には、まだぼくは会えていないらしいということだ。

 こいつらは金をもらって、ぼくたちをさらったり、閉じこめたりしているのだが、その中に主犯格はいない。

 無線で指示が来て、それに従って動いているだけで、今ぼくを取り巻いているのは、言ってみれば雑魚のような連中だった。

 その気になれば、このうちのひとりふたりを締め上げて、ぼくだけ自由になるのは、そう難しくなかったかもしれないが、人質が居ることと、そこまでして暴れても、この誘拐の目的すらわからないままになる恐れがあった。

 

(ヤズーたち、心配してるかな……)

 ふと脳裏に綺麗な顔をした兄の顔が浮かぶ。

 もう、自宅に帰っているはずの日から、二日以上経過している。

 まず、間違いなく、ヤズーたちは、ぼくや一緒にさらわれた人たちを探すために動いていると思う。

 力のあるセフィロスや、兄さんもいるのだ。

 だまって、事の成り行きを眺めているということはないだろう。

 

(なんとか、友だちの居所を伝える術があればいいんだけど……)

 しかし、ぼくも『どこかの地下室』くらいしかわからない……

 もう使われなくなった施設の地下……少々人間が騒いでも、だれも気に止めない……いや、気付かない場所なのだろう。

 九人の人間の足枷は、何より大きなものだし、それさえなければ、ぼくももっと自由に動ける。兄さんたちが助けにきたときにも、同じことが言えるはずだ。

 

 ぼくは、目を閉じてもう一度、ヤズーの顔を思い浮かべた。

(ぼくは大丈夫。ヤズー、無茶しないでね……)

 

 

 

 

 

 

 閉ざされた車の中で風が変ったと感じた。

 窓が開けられていたわけではないし、目隠しをされていて、何も見えない。しかし、ぼくは確実に、この身を取り巻く空気の異変に気付いていた。

 

(ここは……この場所は……)

 神経を研ぎ澄ませているときに、無遠慮な手がぼくの腕を取り上げた。

「おい、ここだ。降りるぞ」

 地下室から車を走らせて一時間程度だろうか。

 とはいっても、かなりのスピードで飛ばしていたので、想像よりも遠い場所に連れてこられたのかも知れない。

 もし、ぼくの勘が外れていなかったら、ここは……

 

「忘らるる都……」

 透き通った湖面に、不思議な光が宿っている。樹木までも白く、この幻想的な風景は、ぼくを取り巻く無骨な男たちには似合わない。

 

 念のためにというのだろうか。

 男のひとりが銃を取り出して、背後からぼくに突きつけた。

「さあ、歩くんだ」

「こんな場所に連れてきて……どういうつもりだ」

 足が小刻みに震える。

 まるで、この身体が溶けて、湖に帰っていってしまうように。

 ぼくは、生まれたのであろうこの場所に、不思議な違和感を感じていた。

 

 そう……それは、いやがおうでも、この場所が、ぼく自身を人ならざる者であると思い知らせてくる……

 セフィロスの思念体であって、本来実体を持たないはずの生き物だと思い起こされるのだ。

 それはきっと、コスタ・デル・ソルのあの海辺の家で、どこまでも『人』として、扱われ、生きた日々を経験したからこそ、感じられる違和感だったのだと思う。