テンペスト
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<16>
 
 カダージュ
 

 

  

 

 

「カダージュくん、お久しぶりですね。僕のことを覚えていますか……?」

 親しみを込めたやさしい声が、突っ立ったままのぼくに呼びかけた。

「おや……怪我をしているのですか。可哀想に頬が腫れて……唇から血が滲んでいますよ」

 そこは地下とも思えないような広間だった。

 どこか教会にも似せたような、ステンドグラスの窓が並び、瀟洒なランプなどが飾ってある。地下なのに、ステンドグラスが輝いているのは、わざわざご丁寧にバックから、照明を当てているせいであった。

 しかし、彼が立ち上がった椅子は、妙に機能的な代物で、この幻想的とも言える場所とはそぐわなかった。

 

 ……ネロ。

 こうして顔を合わせるのは三度目だ。

 神羅カンパニー襲撃のときは、ぼくは別の場所で闘っていて、顔を合わせることはなかった。

 だから三度目……もっともまったく会いたいとは思わない相手だったが。

 

「……誰が傷を付けていいと言いました?」

 ぼくではなく、ぼくの後ろに立っていた男たちに声を掛けたのだろう。目線がわずかに動いた。

 

 ネロが見えない速度で片手を振った。

 次の瞬間、ぼくをこの地下室に連行してきたふたりの男は、物を言わぬ残骸となってその場に頽れた。

 首の無くなった胴体から、鮮血が噴き出し、床を汚す。

 

「……穢い。早く片付けてください」

 ネロがそうつぶやくと、蒼い髪をした巨軀の男がうっそりと姿をあらわした。

 ぼくは目を瞠った。

 かつて倒したはずの相手だったからだ。

「ア、アスール……?」

 喘ぐようにそう言ったぼくに、ネロが微笑みかけた。

「僕の名を呼ぶ前に、彼のことを口にするとはね……ああ、そういえば、君はアスールと面識があったのでしたっけ。では……彼女とは?」

 そう言って背後に声を掛けると、長身の女が現われた。燃えるような朱い髪をしている。

 彼女はヤズーに怪我をさせた……『朱のロッソ』だ。

 

 

 

 

 

 

「そう驚いた顔をする必要もないでしょう。残念ながら、ロッソにもアスールにも、君たちの記憶はありませんよ」

 気障な動作で、フロアを歩き、両手を広げて、ネロがささやいた。

「彼らは本物そっくりのレプリカですから。残っていた体細胞を、DGソルジャーに植え付けて作られたものです」

「…………」

「でも、よく似ているでしょう?ホランダー博士でも、この程度の技量はあったのですよ」

「ホランダー……?」

 耳に覚えのない人物の名を出されて、ぼくはそれを繰り返した。

「ああ、君は知らないのでしたっけ。セフィロスの記憶にはあるはずなのですがね。……僕たちの……DGソルジャーの生みの親ですよ。不幸にして本人は亡くなったらしいのですが、その研究論文が残されていました。それを精査すれば、体組織からDGソルジャーの複製を作ることは、そう難しくないのです」

 ネロが得意げに話す。

 ぼくは一歩足を退いた。意識していなかったが、ネロの気に圧されていたのかもしれない。

 蒼のアスールと朱のロッソが、もくもくと男たちの残骸を片付けていく。鼻を突く血のにおいに酔って、ぼくは必死に吐き気をこらえた。

 

「……ずいぶんと静かですね。おや、気分が悪いですか?」

「血のにおいが……気持ち悪い」

 ぼくは正直にそう答えた。

「だったら、こっちの椅子にお座りなさい」

 ネロの腰掛けていたものとよく似た、背もたれの高い椅子を差し出された。素直に言うことを聞くのは癪だったが、吐き気を堪えたまま立っているのがつらくて、腰を下ろす。

 

「さて……まずは君の傷の手当てをしましょうか」

 どこか楽しそうに、救急箱を取り出す。

「……必要ない。それより、ぼくをこんな場所に連れてきた目的は? ヴィンセントなんかと違って、ぼくなんて、何の役にも立たないと思うけど?」

「そんなことを言うものではありませんよ。あなたは役に立ってもらいます。ええ、十分に!」

 満面の笑顔でそう言われて、背筋がぞっとそそけ立った。ネロの笑みは狂人のそれに似ている。

 口調は、どこまでも丁寧で冷静なのに、熱に浮かされているような危うさを感じるのだ。

 コツコツと足音を立てて、ぼくに近づいてくる。

 ネロの指が顎に添えられても、ぼくは身動きひとつできなかった。