テンペスト
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<17>
 
 カダージュ
 

 

  

 

 

 ネロの手が、やさしくぼくの怪我を手当てする。

 切れた唇の端から、血を拭い、消毒薬を付けていく。腫れた頬には冷たい膏薬を塗り込み、指先でマッサージしてくれた。

「……アンタ、兄さんがいただろ。どうしたんだ」

 確か名をヴァイスと言ったと思う。オメガを宿していながら、先の戦いで廃人になってしまったはずだ。

 ……それで、ネロはぼくたちを恨んでいる。……たぶん。

「ああ、兄さん?ええ、元気ですよ。とってもね」

 またネロが高く笑った。どこか正気を失っているような声で。

「……その兄さんのために、君に来てもらったんですよ、カダージュくん」

「……どういう意味……?」

「ええ、兄さんはね。元気なんですけど、もう肉体は衰えてしまっているのですよ。……G計画はまだまだ未熟だったというわけですね」

「……G計画?」

 前にセフィロスとヴィンセントがそのような言葉を口にしていた。ジェネシスと一緒のときだ。

 ……ぼくにはよくわからなかったけど、神羅の人体実験の話だったと思う。DGソルジャーというのは、そのときに作られた特殊な兵士で……中でも強い力をもっている連中をツヴィエートと呼んでいた。

 

「今となっては、唯一の成功素体はジェネシスだけということでしょうか。彼はまだ普通に生きていられるのだから。……それに比べて僕たちは……ああ、嘆かわしいことです」

 ネロは大げさに手を広げて、頭を振ってみせた。

「それに比べて、S計画は……すばらしい。セフィロスには何の劣化も現われない。それどころか、君たちのような思念体を生み出している」

「…………」

「カダージュくんは生まれ出たときのことを覚えていますか?」

 ネロが静かに訊ねてきた。

「そんなこと……覚えていない。でも、もうぼくたちは意志をもった一人の人間だ。形をなさない思念体なんかじゃない」

 ぼくが強い口調でそう言い返すと、さらに彼の笑みが濃くなった。

「そこが素晴らしいと言っているのですよ。S計画は、細胞を分裂させた思念体にも、完全な肉体を与えることができる。君の肉体を使えば、きっと兄さんだって……」

 熱に浮かされたようにネロがしゃべる。

 

 

 

 

 

 

「忘らるる都……ここは君たちが生み出された場所だ。あの湖に君の身体を返す」

「な……何を言っているの?」

 薄気味悪くなったぼくは、ネロにそう問い返した。

「湖の水を使って、君の身体のここに……」

 ネロがついと指を伸ばし、ぼくの腹部を指した。

「ここに兄さんの細胞組織を植え込むんだ」

 いっそ楽しげに、ネロが言った。

「大丈夫、痛くなどありませんよ。今度は中途半端な医師など使わない。すべてぼくがやる。ぼくはそれができるように、いろいろと研究したのだから。君のS細胞が、Gの核を取り込み、やがてその体組織が増殖し、君はぼくの兄さんになれる。ああ、そんな顔をしないで。心配はいらない。君の記憶や人格を直接いじろうと言っているんじゃないんです。運が良ければ、君のカダージュとしての意識も残ると思う。G細胞がS細胞と融合し、それがどのように変化していくかによるのでしょう」

 べらべらと目の前で、ネロがしゃべり続けた。

 もはやぼくの返事やあいうちなどは、まったく気にしていない。ただ自身の計画を熱に浮かされたように、語り出しているに過ぎない。

 

「さぁ、カダージュくん」

 唐突に手を取られ、反射的にぼくはそれを引いた。だが、ネロは容赦なく強く引っ張る。

「大切な手術に支障があってはいけない。君は怪我をしているし……」

「は、放して……」

「いいから、こっちに来なさい。奥の部屋にベッドが置いてある。そこで少し休んだ方がいい」

 恐ろしい計画を口にしながらも、心底ぼくの容態を心配している様が気色悪い。

 

 ヤズー!

 

 もう一度、ぼくは兄の名を心の中で叫んだ。

「ほら、立って。……聞き分けのない子だねぇ。仕方がない」

 ネロがポケットから何かを取り出すと、ぼくの左腕に痛みが走った。

 それが注射器だったとわかったのは、意識を手放す直前のことだった。