テンペスト
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
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 セフィロス
 

 

 

 

 

 防弾ガラスに、二本の剣が打ち付けられる。

 クラウドの大剣と、ヤズーのガンブレードだ。

「無駄ですよ。ここの防弾ガラスはバズーカの砲弾でも吹き飛ばすことはできません。カダージュくんは僕がいただきます」

 ネロはそう言って、カダージュに掛かっているシーツをそっとまくり上げた。

 左脇腹に手術を施した痕跡が残っている。

 この男は本当にカダージュの身体に、ヴァイスの細胞を移植したのだ。

「貴様などにそんな高度な施術ができるものか!」

 オレが怒鳴りつけると、ネロは喉の奥で、鳩のようにクックックッと笑った。

「セフィロス…… あなたもホランダー博士はご存じでしょう?」

「ホランダー……」

 古い記憶の男の名を出される。

 ホランダー……

 ジェネシスやアンジールにG計画を施し、あまつさえ、ネロやヴァイスを作り出した元凶となる男だ。

「もっともあなたの記憶の中では、ただの三流科学者としか留められていないのかもしれませんが、少なくとも彼はジェネシスを生み出し、僕たちツヴィエートを作り上げた。『劣化』の問題は個体差が大きい。実際、まだ僕にはその兆候はあらわれていません」

「だからなんだ!」

 覆い被せるようにオレは先を促した。

「僕が言いたいのは……ホランダーは、それほど無能だったわけではないということですよ。G計画は失敗に終わったと考えられていますが、例外的に僕たちのような存在も生み出した。つまりは『それなり』に有用な計画だったのです。そしてこのデータには……」

 そういいながら、ネロは古そうな資料の束をオレの目の前で振って見せた。

「G細胞の増殖について書いてあります。……この増殖力の強いG細胞が、より洗練され、完全に近いS細胞をもつ個体と結合したならば……!きっと……おそらくは……いいえ、間違いなく……!G細胞はS細胞と結合し、それを取り込み、完全なる個体として再生されるはずです……!」

「バカ野郎!そんな思い込みだけで、貴様は細胞移植などしたのかッ!」

「思い込み……? 違います、ここにはG細胞のさらなる可能性について説かれている……!ならばきっと兄さんは……」

「そんなものはホランダーの考え違い……ただの夢物語だ!」

 厳しくオレは叱責した。

「そんなはずはありません……!カダージュくんの身体に植えた兄さんの細胞は、S細胞を取り込み、より強靱な肉体を得て生まれ変わるはずです……!兄さんはきっと……」

 尚もネロは言い募る。

 だが、それはもはや妄想の域を出ない。

 実験をして確認したわけでもない。ホランダーの過去の実験データと、思い込みの記された日記などにどれほどの価値があるというのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「兄さんは……きっと甦る…… 必ず……新しい肉体を得て……」

「それは勝手な思い込みだ! カダージュを返せ! 貴様の実験は無意味なんだ!」

「いいえ……いいえ、いいえッ」

 ネロは激しく頭を振った。

「そんなはずはありませんッ!G細胞はS細胞と融合する……!ヴァイスは新しい肉体となって甦るのです!……ああぁッ、時間が足りない……早く……!」

 ネロはそう叫んで、カダージュの身体に繋がれた点滴を見つめた。

「おい、このままだと埒があかん。同時にガラス戸を攻撃するぞ!」

 クラウドとヤズーに声を掛ける。

「わかった、いくよ、ヤズー!」

「はぁはぁ……わかった。セフィロス、お願い」

 クラウドとヤズーが力を込めて剣を構える。

「ヴィンセント、離れていろ。よし、行くぞ!」

 オレの号令で、防弾ガラスの一箇所に力を込めて、剣を振り下ろした。

 ビシッ!

 と、弾けるような音がして、ガラスに蜘蛛の巣状のヒビが走る。

「おのれ……来るな!カダージュくんにこれ以上、傷を負わせることになってもいいのですか!?」

 ネロが叫んだ。

「いや、おまえはカダージュを攻撃できないはずだ。そんなことをしては元も子もないのだからな!」

 ヴァイスの細胞を植え付けたカダージュは、すでにネロにとっては『兄』も同然の存在なのだ。その彼を攻撃することなどできようはずはない。

「セフィ、もう一発!」

 クラウドが声を上げた。

 ふたたび、オレたちは同時に剣を構え、勢いよく振り下ろす。

 グワシャ!

 と音がして、ひと一人が通れるほどの穴が開いた。

 

「カダッ!」

 ヤズーがそこに飛び込んでいく。

 カダージュの脇腹には大きな当て布が施されていて、包帯で幾重にも巻かれていた。