テンペスト
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<28>
 
 セフィロス
 

 

 

 

「ではいくぞよ。麻酔導入OK。さて、ヴィンセントくん、メッツェン。まずはこの乱暴な縫い口の糸を外しますよ、コレ」

 『メッツェン』などという専門用語を出されながらも、ヴィンセントはすぐに先端の細くなったはさみを差し出した。

「ガーゼで、血を拭って。手元に血がたまらないように、コレ」

「はい。……どんどん溢れてきますね」

「傷口が新しいから、ソレ。大丈夫、拭って拭って」

 横になったオレからは様子が見えないが、ヤブ医者は手早く処置を施しているようだ。それに合わせて、ヴィンセントも動く。

 

「これは……良くないねぇ。良くない。適合するかも調べないで、無理に異分子を植え込んだんだね。一部が壊死しておるよ、コレ。出血が多いのも道理じゃな。ソレ」

「ガーゼを新しくして血を拭います」

 思いの外、しっかりとした口調でヴィンセントが言った。

「……不思議な細胞じゃね……いや、細胞というか、見た目には膜を移植してあるわけじゃが。見た目にもこんなにはっきりと異分子とわかるとはね、コレ。ああ、ヴィンセントくんは、見ないほうがいいよ、ソレ。ちゃんと手元の血を拭っていてくれたまえ」

「おい、医者。様子はどうなんだ。さっさと切り取って、縫合を済ませろ」

 オレはそう言った。

「血を抜かれとるくせに元気じゃね、セピロスくんは。折り紙を切り取るみたいに簡単に言わんでくれよ、アレ。だいたい、こいつがどこまで浸食しとるのか、見極めんとね、ソレ。幸い、ちみの身体は丈夫なようじゃ。もうちょいと血を取られても生きておるじゃろ」

「人ごとだと思って勝手なことを言うな、クソジジイ。まぁ、オレは問題ないがな。後のふたりが真っ青だろ」

「セ、セフィロス。私は大丈夫だ。それより、君は安静にしていたまえ。ただでさえ、血を抜き取られているのだ。興奮してはよくない。先生、急いでお願いします」

「わかっとるよ、わかっとる。それじゃあ、いくかね。ヴィンセントくん、メス」

 そういうと、いよいよと言うように、ヤブ医者は手術にかかった。

 

 沈黙の時が流れる。

「ビーバーナイフ」

 ときおり、医者が専門的な道具を口にし、カチャカチャと器具の鳴る音が聞こえる。

 それ以外は誰も何もしゃべらない。

 医者に言われたとおり、部屋の外れの丸椅子に腰掛けているヤズーでさえ、一言も口を聞くことはなかった。

 

 ……眠い。

 血を採られているせいだろう。

 身体がスーッと冷えるような感覚と眠気が襲ってくる。

 そんなとき、ふたたび表の方で、バラバラとヘリが旋回する音がした。

 

 

 

 

 

 

 まもなく部屋へ飛び込んできたのは、クラウドにロッズだった。

「ど、どんな様子……セフィ!?」

 同じように寝台に横になっているオレに驚いたのだろう。クラウドが声を上げた。

「静かにしろ。佳境にさしかかっている」

 オレはそう言った。医者に確認したわけじゃないが、何度か

「汗」

 と指示して、ヴィンセントに汗を拭き取らせているのに気付いていたし、手術からすでに二時間は経過している。

「ふたりとも、この部屋にいるつもりなら、手を消毒して。それからこれを着て」

 簡単な使い捨てのスモッグのようなものを、ヤズーが手渡した。

 ヴィンセントは集中しているらしく、クラウドたちに一瞥もくれず、黙って医師の指示通に動いている。

「鉗子」

「はい」

 医師の声にヴィンセントが応える。

「セ、セフィ……大丈夫なの? 血……輸血してんの?」

 クラウドがオレの傍らに寄ってきて、小声で訊ねた。ロッズのほうはヤズーの側で小さくなっている。

「……オレは問題ない。多少血を採られたくらいで倒れたりはせん」

「でも……時間けっこう経ってるじゃん」

「たいしたことはない。……それより、チビガキのほうを心配しろ」

「わ、わかってるよ……うん…… な、何かオレにできること……ないかな」

 そう訊ねたクラウドに、オレが応える前に、医者が口を開いた。

「クラウドくん、ちみ、血を見ても大丈夫じゃね、コレ?」

「え、あぁ、うん。得意なわけじゃないけど、平気」

「それじゃ、わしの右側に立って、クリップを持っていてくれたまえよ、コレ。それからピンセットにガーゼを挟んで止血を」

「え?え?わ、わかった!」

「クラウド、落ち着いてやれ。チビガキは大丈夫だ」

 オレがそう言うと、クラウドはひとつ頷いて足早に医者のとなりへ行った。

 ヴィンセントが小声で、クラウドに医者の指示を説明する。

 

 カチコチカチコチ……

 

 業務用のような古い時計が、妙に大きな秒針を刻む。

 どこか人ごとのように、オレはその音を聞き止めていた。