テンペスト
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<29>
 
 セフィロス
 

 

 

 

「……これでよいかな。創の中縫いをするよ、コレ。バイクリル」

「え、ええと、バイクリルは……」

「ああ、それじゃよ。紫のラインが入っているチップから取り出してくれたまえ、ヴィンセントくん」

 バイクリル……手術用の縫合糸のことだ。

 ……ようやく目処がついたらしい。

 医者の腕を疑うわけではなかったが、オレはいよいよ億劫になっていた口を開いた。

「おい、ヤブ医者。オレの持ってきた資料を読まなくて大丈夫なのか?万一、細胞の浸食が想像以上に進んでいたら……」

「そんなもの悠長に読んでおったら、ちみの血はとっくになくなってしまうがな、ソレ」

 すました顔で、山田医師はそう言った。

 こうしている間にも、オレの血はカダージュの身体に送られている。

 

「……おい」

「冗談ごとじゃないぞよ、コレ。だいぶ、フラフラするんじゃないかね、セピロスくん」

「……オレはなんともない。それよりも……いや……いい」

 今からでもオレの持ち帰った資料を読めと言おうかと思ったが、ここはもうこの医者の技量を信じるしかないと考えたからだ。

 思えば、こいつには何度も助けられている。

 オレは一度だけだが、ヴィンセントやジェネシス、向こうの世界の『セフィロス』など、こうして考えてみるとかなりの人数だ。

 

「……終了。ヴィンセントくん、お疲れ様。ああ、セピロスくんもね」

 わざと付け加えるようにオレの名を呼ぶ。

「輸血ももういいじゃろ。それ、針を抜いてやるから大人しくしていたまえよ、コレ」

 医者はそういいながら、オレの腕から、さっさと針を抜いた。脱脂綿で腕の部分を押さえる。

「ああ、しばらくは横になっていたほうがいいと思うぞよ、ちみ。思っていたより抜くことになってしまったからねぇ、コレ」

「……なんともないっつってんだろ」

 そういって、上半身を起こす。

 一瞬、めまいがしたが、それを気取られることはなかったと思う。

「セフィ、無理しないほうがいいよ。やっぱ、顔色良くないもん。静かにしてなきゃダメだよ」

「クラウドのいうとおりだ。安静にしていてくれたまえ。……また、君には大きな負担を掛けてしまったな」

 クラウドに、ヴィンセントが声を合わせて、オレを引き留めた。

 ……そんなにひどい顔色をしているのだろうか。

「……まぁ、そんなときには何か食べるのが一番じゃよ」

「な、ならば、家に帰ってから私がすぐに何か作るから……」

「それじゃ、時間がかかりすぎじゃね。……さてとセピロスくんなら、チーズのかたまりや生肉でも食べられそうじゃね。何かなかったか、さがしてきてやるよ、コレ」

 親切なのか嫌みなのかわからないが、医者は血に汚れた手術着を、タオルのように近くの椅子に放り投げると奥へ入っていってしまった。

 

 

 

 

 

 

 オレたちは促されるままに、診療所の奥に位置する自宅の部分に招き入れられた。

 じじいの一人暮らしにしては、思ったほど雑然とはしていない。

 いや、雑然以前の話で、ほとんどものが置いていないのだ。

 

 簡素な木のテーブルの上に、手当たり次第に積み上げたといった様子で食材が積まれていた。

 缶詰のコンビーフにフィッシュ、生卵、チーズの固まり、固そうなパン、干し肉などだ。カンパンまである。

 

「まるで戦時中の食いモンだな」

 オレは言った。ヴィンセントなどは、となりで目を丸くしてこの食材のかたまりを見つめている。

「まぁ、後はスープくらいは自分でも作るがね。とりあえずは間に合せで、見つけたものを並べてみたよ、コレ」

「上等だ。腹も減ってる」

 そう言って古ぼけた椅子に座ると、意外にも医者は人数分のマグカップを並べてくれた。ティーバックの紅茶を淹れてくれたらしい。

「コーヒーは身体に悪いからね、コレ」

「もっと気を付けるべきなことが他にありそうだがな」

 そういうオレを無視して、医者は他の連中にも声を掛けた。

「あー、ホレホレ。カダージュくんは麻酔でぐっすり眠っているからね、コレ。明日にならんと目を覚まさんよ。アンタたちもとりあえずは、何かお腹に入れたほうがいいよ、ソレ」

「は、はぁ……」

 ヴィンセントが頷いて、ようやく席に着くと、クラウドやヤズーたちもそれぞれ椅子に腰掛けた。

 もっともようやく緊張の解けたヤズーなどは、座り込んだといったほうがよい様子だったが。

「毒は入っておらんからね。遠慮無く食べてちょうだいよ。もちろんツケでね、コレ」

 そういうと、自身も大分腹が減っていたのだろう。時計をみると、もう十時近くになる。手術は五時間近くかかったということだ。

 オレは手づかみで干し肉とパンを掴むと、ガツガツと食った。

 失われた分の血を補給するくらいの気持ちでだ。

 ヴィンセントなどは毒気を抜かれたような表情で、紅茶をすすっている。

「おい、おまえら。今日は昼飯も食ってないんだぞ。とにかく腹に入れておけ」

 オレがそういうと、クラウドとロッズも食べ出した。

 一度、ものを口にすると、いかに空腹だったのかを自覚するのだろう。

 最初はパンをちぎり、チーズを摘んでいたクラウドたちも、ガツガツと食べ物にかじりつくようになっていった。