テンペスト
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<30>
 
 セフィロス
 

 

 

 

「ふー、大分食ったな。まだ入るが」

「セピロスくんは食べ過ぎだがね、コレ。ありったけの食材を出したのに、もう缶詰しか残っていないよ、ソレ」

 不平そうに鼻を鳴らす医者に、オレはレノから預かった、札束の袋を差し出した。

「今度の礼だ。とっておいてくれ」

「……ふぅん。それじゃあ、実費をもらいますよ、コレ」

 ひい、ふうと、札を数えて、何枚か抜き取ると、医者はふと思い出したように、

「えー、夕食代もいただこうかな、コレ。数日分の食材がすっからかんだからの、アレ」

 そういって、もう一枚、札を抜いた。

 袋の束の大半を残して、こちらに返す。

「おい、もういいのか。封筒ごと受け取ってもらってかまわんのだぞ」

「治療費はもうもらったよ、コレ。まぁ、なんだ、おまえさんがたもいろいろ事情があるようじゃが、よくよく気を付けたまえよ、ソレ」

 ずるずると茶をすすりながら、ヤツは言った。

「欲深ジジイかと思ったんだが、当てが外れたな。頼み事ばかりで悪いが、今回の一件について、口外は……」

「医者には守秘義務というのがあってね。患者やその家族の望まないことは一切口外できんのじゃよ。だいたいちみらのことをしゃべっても、わしにはなんの得もないからの、コレ」

 オレが何か言う前に、ヴィンセントがすぐに頭を下げた。

「先生、ありがとうございます。……感謝いたします」

「ヴィンセントくんはすぐそれだ。ちみは少し、神経質過ぎるね、コレ。……さて、こちらもひとつ頼みがあるんじゃが、ソレ」

 そういうと、彼はとなりの診察室に置きっぱなしにしてある、資料のことを口にした。

「町医者ごときが眺めても、ようわからんものかもしれんがの、一応治療した者として、読ませてはくれんかね、コレ。万一、カダージュくんの身体に問題が発生したとき、対応できるようにね、ソレ。まぁ、杞憂だとは思うが」

「ああ、そいつはかまわん。アンタにやってもいいと思っていたくらいだ」

 素人のオレたちが読んでも内容を把握することはできまい。カダージュを手当てした、この男が内容を解析してくれるのであれば、それに越したことはない。

 それに……なんというか……

 この貧相に痩せこけたこの医者……

 ……敵ではないと……いや、むしろ、オレたちの味方のように感じるのだ。

 

 たびたび世話になっているせいかもしれない。

 ヴィンセントがDGソルジャー事件で怪我を負ったときも診てもらった。ジェネシスも、あちらの世界の『セフィロス』のときもだ。

 医者ならば、彼らの肉体が尋常の人間とは異なることに気付いただろう。

 その回復力だけを見ても、不思議に感じたはずだ。

 だが、この男はまったく詮索することはしなかった。

 たいして、興味がなさそうに、手早く治療を施し、さっさと帰っていったのだ。

 

 

 

 

 

 

「……もう、そいつの存在を知る者もいないはずだ。アンタが持っていても害はないだろう」

 そう言うオレに、身震いして見せると、

「いやだねぇ、そんな物騒なものなのかね、コレ。だったら、さっさと読んでお返しするよ、ソレ。カダージュくんの身体に問題が起きなければ、用無しなのだからね」

 そう言った。

「……先生」

 口を開いたのはヤズーだった。

 手術の間からこちらの部屋に移っても、ずっと口を閉ざしていたヤズーだったから、自然と注目が集まる。

「先生……その……カダは……カダージュは……大丈夫なのでしょうか……? 目が覚めれば……もう……」

「ヤズー……」

 ヴィンセントがヤズーの背に触れる。

 彼の質問が医者を困らせるとわかっているからだ。

「……医者の立場としては軽々しいことを言えんのじゃよ、すまんね、コレ。あの時点で、やれるだけのことをした。セピロスくんの血をずいぶんと使わせてもらってね。幸い、心臓に近い場所じゃなかったから、異変のみられる部位は切除しやすかったね。……あとは、カダージュくんの目が醒めてからじゃな。ソレ」

「……はい、ありがとうございます」

 ヤズーはそうささやいた。

 医師が誠意をもって、答えてくれていると感じたのだろう。

「……アンタにはでかい借りができたな」

 そう言ったオレに、ヤブ医者は手を振って立ち上がった。

「わしは医者じゃよ。ただ患者を診ただけじゃ。セピロスくんへの借りなんて、欲しくはないね、コレ。……さて、ではカダージュくんの様子を見てくるかね。どっちにせよ、彼は一晩泊まっていってもらうことになるよ、ソレ。落ち着いたら、ちみたちは家に帰りたまえよ」

「せ、先生!俺はカダに着いていてやりたいのですが……」

 そう言ったのは、ヤズーであった。

「そうは言われてもね、コレ。他にベッドがあるわけじゃないからね。大丈夫、明日の朝、様子を見に来なさい。だいたいヤズーくんはくたびれきっているではないかね、ソレ。今日はゆっくりと休むべきだよ」

「ヤブ医者のいうとおりだ。今日はこれで引き上げろ。この場所にはオレが残る」

 有無を言わさず、そう言って退けた。

 オレたちは疲れ切っていた。

 その中でも、ヤズーは心労の色が濃い。

 ヴィンセントが、支えるように、ヤズーを立ち上がらせた。

 くどくどしく言うヴィンセントをなだめ、連中を戸口のところまで送り出す。

 

「オレが残るのは念のためにだ。なに、メシも食ったし、医者と酒でも飲んで一晩明かすつもりだ」

「セピロスくんは勝手だねぇ、ホント、コレ。まぁいい、お客さん扱いはできんぞよ」

「ハナからそんなこたぁ期待していない。ほら、おまえらはさっさと帰れ」

「セフィ、明日の朝イチで来るからね!」

 クラウドがそう叫ぶ。

 オレは、連中をすべて追い出してから、診察室に戻った医者の後を追った。