テンペスト
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<31>
 
 セフィロス
 

 

 

 

「ようやく邪魔者はいなくなったな」

「自分の家族を邪魔者扱いかね。まったくちみと言う人はコレ……」

「心配性の輩がいるからな。下手な話ができない。……カダージュの様子はどうだ」

 聴診器を当てている背後から、オレは声をかけた。

「ふむ……心音はしっかりしておるな、コレ。まぁ、大丈夫だとは思うが、やはり目を覚まさんことにはなんとも、ソレ」

「具合が安定しているなら、それでいい。そいつは普通の人間よりも強いはずだ」

「そのようだね、コレ」

 そう言って、ヤブ医者は聴診器を外して、もとの場所に戻した。

「それより、ちっとばかり話がある。座ってくれ」

 今はヴィンセントもヤズーもいない。

 神経質な連中がいない間に、さぐりを入れておきたいことがある。ずっと訊ねたかったことだが、今までその機会を失っていた。

「何かね。いささか疲れたんじゃがね、コレ」

「そういうな、コーヒーを淹れてやる」

 そう言ってオレは、勝手にインスタントのコーヒーを作った。砂糖もミルクも入れていないブラックだ。

「淹れてやるって……ウチのものじゃないかね、コレ。まったくセピロスくんときたら……」

「『セフィロス』だ。いいから、さっさと座れ」

 尚もそう促すと、医者はテーブルを挟んで、オレの前に座った。

 

「……アンタはオレの正体に気付いているんだろ?」

 単刀直入にそう切り出す。

「ちみの正体?何かね。傍若無人なわがまま男ということかね、コレ」

「……はぐらかすな。真面目な話をしているんだ」

「やれやれ、まったく勝手なことだね、コレ。泊まり込むと決めてかかって、長い話に付き合わせるつもりかね?」

「悪いがアンタには予想以上に世話になっちまっているんでな。そろそろ真意を聞いておきたいと思っていたんだ」

「わしの真意?はて、わしにはあんたたちの家はただの面倒な家族にしか見えなんだが」

 まずそうにコーヒーをすすりながら、とぼけた医者はそう言った。

 

 

 

 

 

 

「オレたちの身体が、普通の人間とは違っていることはわかっているんだろう」

 ずばり、そう訊ねてみた。

 すると医者は、何をいまさらというように、失笑した。

「あー、そんなのはね、ちみとヴィンセントくんを診たときから気付いていたよ。だいたいね、治癒能力がハンパじゃなかったからねぇ、特にちみの場合は」

 そう言って続ける。

「ちみがあの英雄セピロスくんなら、そういうこともあるかと思ってね」

「そこまではわかっているんだな。……神羅の公式発表では、殉職したことになっているがな」

「そこらへんの事情は知ったことではないよ」

 つまらなさそうにそう言った。

「ちみたちはただの患者だ。これまでもこれからも。……まぁ、願わくばあまり来て欲しい人たちではないがね、コレ」

「…………」

「さて、それじゃあ、ちみの持ってきた資料を読ませてもらうことにするよ、コレ。カダージュくんに何か異変があってからでは困るからね、アレ。……ああ、診察室の向かいの部屋は一応、入院患者用に空けてあるから、使いたまえよ」

「……それで話は終わりでいいのか、おい」

「わしはコイツを読まにゃならんのだよ、コレ。邪魔をしないでくれたまえ」

 そう言ってコーヒーカップを片手に診察室に戻っていく彼を見送り、オレは言われた部屋に入った。

 何とも色気のない、硬いベッドと夜具が一式置いてある。

 だが、オレの心はようやく緊張が解けたような落ち着きを取り戻していた。

「ふん。……この世界の人間もまんざら捨てたモンでもないのかもしれんな」

 オレの正体を知っていながら、どうでもよさそうに遠ざける医者の姿を見て、思わずこぼれ落ちた言葉だった。

 

 明日の朝には、またヤズー達がやってくる。

 少しばかり寝ておくかと、横になったとたん、オレは泥のような眠りに引き込まれたのであった。