テンペスト
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<32>
 
 セフィロス
 

 

 

 

「ありがとうございます……!ありがとうございます……!」

 扉の向こうから唱和されるそれらの声で目が覚めた。

 面倒くさいので、裸足のままそこらにあったサンダルを突っかけて、声の響く診察室のドアを開ける。

「あ、ああ、セフィロス!おはよう!気分はどうだ……?」

 ヴィンセントがオレを見て、満面の笑顔でそう訊ねてきた。

 そのツラを眺めれば、末のガキの容態が良好なのだと、すぐに見て取れる。

「あ~、身体が痛い。ベッドがカタすぎんだよ」

「無理やり泊まったクセに、よく言えたもんだね、コレ」

「セフィロス、聞いてくれ。今朝、早くにカダージュが目を覚ましたそうだ。……いつもどおりの彼だったらしい。傷の具合も良好だ……すべて山田先生のおかげだ……!」 

 ヴィンセントが急き込んだようにそう告げてきた。

 ヤズーとロッズはカダージュの手を握りしめて、ベッドの横に控えている。

「話し疲れてまた眠ってしまったようじゃの。これで一安心と言いたいところじゃが、まだまだ絶対安静じゃよ。コレ。傷口はまだ完全にふさがっていないのじゃからの、ソレ」

「……手間をかけたな。アンタには感謝する」

「ちみに礼を言われると何だか気味が悪いねぇ、セピロスくん、コレ。まぁ、連れて帰っても良いけど、くれぐれも安静にな、ソレ」

 その後も、ヴィンセントが食事の世話や傷の消毒のことなどを細々と訊ねている。

 ふと執務机の上を見ると、昨夜渡した資料が、丁寧に束ねておいてある。目を通したということなのだろう。

「ああ、セピロスくん。ありがとうね、ソレ。返しておくよ」

 そう言って、その机の上を指さす。

 何か言ってくるかと思ったが、医者は言葉を続けない。

「さてと、カダージュくんがもう一度、目を覚ましたら、薬を注射するから。そうしたら連れて帰って良いよ。慎重にね。コレ。あぁ、お腹が空いたよ、やれやれ」

「あ、あの、先生、朝食を作ってきていますから、良かったら召し上がってください。セフィロス、君もまだだろう。一緒に食事をしたまえ」

 まめまめしいヴィンセントは、わざわざ我らのために朝飯を作ってきたらしい。気の回ることこの上ない。

「君は昨日、たくさん採血しているからな。きちんと食べて英気を養ってくれ」

「ああ、食う。……ヴィンセント、おまえ、ちゃんと寝たのか?」

「え?え……あ、ああ」

「ウソつけ。目の下にクマが出来ている。カダージュを家に運び込んだら、少し寝ろよ。弱っちいくせに無理しすぎなんだ、おまえは」

 そう言ってやると、ヴィンセントは照れたように微笑んだ。

 その顔を見て、ようやく『良かった』と思えた。自然に大きく吐息する。

 食事の用意されたテーブルに着き、医者と一緒に心づくしのメシを食う。昨日は黙り込んでいたイロケムシも、クラウドの話に笑みを浮べて相づちを打つ。

 医者は一言も、怪我の原因や、増殖変異した細胞などについての、言及はしなかった。

 ただ、相変わらずつまらなさそうな顔をしたまま、それでもずいぶんと早くヴィンセントの料理を口に運んでいた。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあね、早く帰りたまえよ、ちみたち。カダージュくんをお大事に、ソレ」

 食事が終わると、診療所のオープンの支度をしながら、医者はオレたちを追っ払った。

「先生、本当にお世話になりました。お礼はまた後ほどあらためて……」

 深々と頭を下げるヴィンセントを適当にいなすと、医者は診察所のドアを閉めてしまった。

「ったくあっさりしてんなー、ヤマダーは。俺たちがこんなに感謝してるってのに」

 クラウドが不平そうにそう言う。

「まぁ、いいだろ。あの医者らしくて」

 そう言ったオレに、クラウドがめずらしそうな目線を寄越した。

「セフィって、ヤマダーとホントに気が合うんだね。アンタがそんな言い方するのって、初めて見た気がする」

「さぁな。さっさとカダージュを後ろに乗せて家に戻るぞ。さすがに寝不足だ」

 ヤズーとロッズが丁寧に怪我人を後部座席に乗せ、車を発進させる。さすがに家の人間全員は乗り込めないので、クラウドはバイクで前を走る。

 

 変わらぬたたずまいの家に着き、オレは自室に入ると、まずシャワーを浴びた。

 どうにも身体に病院臭というか、クレゾールのような匂いが染みついているような気がしたからだ。

 居間に戻ると、すでにカダージュはサンルームのベッドに寝かせられていて、側にヤズーが付いている。

 カダージュと語っているヤズーの姿は、顔だけ見るとなるほど天使のように見えた。

 

「セフィロス……こちらに茶の用意ができている」

 ヴィンセントに声を掛けられ、ようやくゆったりとしたソファに腰を下ろした。まさしく一仕事終えた気分でだ。

「……まったく君は無茶をする。カダージュのためとはいえ、あんなに血を……見ていて気が気ではなかった」

 苦情とも言えぬ苦言を、オレとは目線を合わせずにつぶやく。

「まぁ、あの場合、仕方ねーだろ。言っておくが、あの程度ではオレの身体はなんともならん。おまえは神経質すぎだ。……それより」

「なんだろうか」

 ティーカップを置いて、ヴィンセントがこちらを見た。

 目線が合うと、なぜか恥ずかしそうに顔をそらす。こいつはよくこういうしぐさをする。

 オレのツラが、頬を赤らめるほどにわいせつだとでもいいたいのだろうか。

「……DGソルジャーの件は、もう心配するな。二度と連中が現われることはあるまい」

「セフィロス……」

「ネロやヴァイスもあの状態で生きている可能性はほぼなかろうし、神羅の連中が後片付けをしてくれたはずだ」

「……そうだな。レノたちは大丈夫だっただろうか」

 細い首を傾げて、まずは彼らの心配をする。こういうところはいかにもこいつらしい。

「連中も素人じゃないんだ。あれだけ注意したんだから、万全を期して望んだだろう。……落ち着いたら、赤毛から連絡が入るはずだ。まずはそれ待ちだな」

「そうか……そうだな」

「そんなに不安げなツラをするな。おまえの元気がないと、家の連中がうるさくなる」

 オレの乱暴な物言いに苦笑すると、ヴィンセントはようやくキッチンの奥に引っ込んだ。昼食の支度をするつもりなのだろう。

 ネロとヴァイスは死んだ。

 息を引き取るところは見られなかったが、間違いはないはずだ。

 ヴァイスはすでに虫の息であったし、ネロもあの状態ではとても永らえるとは思えない。

 ただ、この手で、息の根を止めてくるべきであったと、オレは後悔した。