テンペスト
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<33>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 翌日は何事もない、普通の日だった。

 カダージュの容態も快方に向い、家の連中もホッとしたようだ。

 何より、まともに食事さえ摂れなかったイロケムシが、この日はきちんと食べていた。

 

 二日後。

 変わったことがふたつあった。

 一つ目は、朝から、ヤブ医者がやってきたことだった。

 往診だという。

 

「自分の診た患者の容態が気になるだけじゃよ。アフターサービスというヤツじゃね、コレ」

 そう言って、カダージュの様子を診てくれた。

「ふんふん、傷口も化膿しておらんし、熱も下がっとる。具合は大分良いようじゃね」

「ねぇねぇ、先生。それじゃあ、もう好きなもの食べてもいい?」

 末のガキが屈託なく訊ねる。

 まったくオレと同じ血を分けた……せいなのだろう。見かけは華奢でもずいぶんと頑丈にできているらしい。

「そ、それはまだ……先生、まだ三日しか経っていないですし……」

 ヴィンセントが困惑顔でそう訊ねた。

「まぁね、もうしばらく消化の良いものを食べるようにしときなさいよ、コレ、カダージュくん。なんせ、ちみは死にかけたんだからねぇ、ソレ」

「えぇぇ、もうおかゆ飽きちゃったよ!」

「ふぅむ、かゆだけじゃなくて、まぁ油っこいものでなけりゃ食べてもかまわんよ、コレ。それにつけても、セピロスくんの血筋はずいぶんと丈夫なようでうらやましいね、ソレ」

「まぁな」

 エラそうにそう言ったオレに、呆れ顔を作り、医者はやれやれというように両手を挙げてみせた。

「先生、お茶が入りました。こちらでお休みください」

 ヴィンセントが丁寧に、医者にソファを勧める。

 オレが長い方を占領しているから、両肘のついた椅子の方をだ。

 

「まぁ、なんにせよ、今回は良かったがね、コレ。十分気をつけたまえよ、ちみ達。特にセピロスくんたちね」

 アールグレイをずずずと音を立てて啜りながら、医者が言う。

「何の話だよ」

「ちみたちの場合、怪我しても、輸血できるのは身内だけだからね、コレ。特にセピロスくんは血の気が多そうだしねぇ、注意しなさいよ、ソレ」

 老婆心だがね、と付け加えた医者に、

「よけいなお世話だ」

 と返した。

 

 

 

 

 

 

 車で送るというのを、健康のために歩いていくと断わり、医者がのんびりと帰って行った。どうやら、今日は診療所が休みらしい。

 それを見計らったように、今度はオレの携帯が鳴った。

 

 電話の相手はレノだった。

 もちろん、事後の報告だ。

「ああ、アンタか。連絡が遅くなってすまないぞ、と」

 いつもの軽い調子で話すが、話の内容は何とも要領を得ない風だった。

 オレたちが、地下から脱出した後、すぐに部隊を編成して、地下道に進行したらしいのだが、その前に肝心な奥の部屋で、ふたたび爆発が起こったというのだ。

 その衝撃はかなりのもので、レノたちの掃討部隊はDGソルジャーの居た部屋どころか、そこに到達する前の通路で足止めを喰らい、そのまま奥まで進むことはできなかったのだという。

 

「今は地下通路を広げる作業をしていて、そこからがれきを掬いだしてからの探索になる予定だぞ、と」

 オレはたっぷり間を空けてから、深いため息を吐いた。

「おい。そんなに呆れたようなため息を吐かないで欲しいぞ、と」

「オレは早いトコ、結果を知りたかったんだよ。ネロとヴァイスの死体を回収したのかどうかな」

「そいつにはもう少し時間がかかると思うぞ、と。それにあの爆発の後だ。原型を留めているかすらもわからんぞ、と」

 それ以上、文句のつけようもなかった。

 結果的に、地下を爆発させたのは、オレたちに原因があるし、あの状況下ではなんとも仕方がなかったのだ。

「……引き続き、連絡をくれ」

「進展したら、すぐに報告をするぞ、と」

 オレはそのまま、携帯を切った。

 ひとりのときに、かかってきてくれて助かったとも思う。

 

 ヴィンセントらには、このままくわしい情報は黙っていようと思う。話したからといって状況が変わるわけでもないし、かえって不安を煽ることになりかねない。