うらしまクラウド 〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜 <1> クラウド・ストライフ?
……次にオレが目覚めたとき、真っ白な天井が見えた。
そして、なんとなく不快な薬品の匂い。刺激臭ではないが、ツンと鼻をつく薬の香り……
「…………」
オレは身体に力を入れる。
もちろん、起きあがろうとしてだ。
……早く、レオンのところに帰らなくちゃ。
きっとオレが戻ってくるのを、寝ないで待ってくれているにちがいない。
「……クラウド?」
低くてやさしい声がオレを呼ぶ。
パタパタと周囲が騒がしくなる。
「……クラウド……!」
さっきの声がもう少し大きくなった。
誰だろう。レオンじゃないことはわかる。レオンの声は同じように静かなんだけど、もっと張りがあって、力強いカンジだ。
「ヤズー! 兄さん、気が付いたって! 早く、早く!」
(『兄さん』? だれ? 兄さんって……)
「クラウド……! よかった……」
「ヴィンセント、しっかり。……ああ、気が付いたみたいだね。気分はどう? 兄さん」
「ヤズー、もう兄さん、大丈夫なの? おウチ帰れるの?」
「ああ、外傷はたいしたこと無いって医師が言っていた。少し待って落ち着いているようだったら、一緒に帰れるよ。ね、兄さん?」
……何なの?
兄さんって、誰のことなんだよ……確かにオレの名はクラウドだけど、兄弟なんていやしないのに。
ぼんやりとした視界に映る人たちの顔を、じっと見つめる。
黒髪の人が泣いてる……彼は一番最初に、『クラウド』って呼びかけてくれた人だ。兎みたいな紅い瞳で……ああ、なんて色の白い人なんだろう。それにとてもやさしそうだ。
……でも何故、オレを見て泣くんだろう……知らない人なのに……
もうひとりの人は……銀の髪……セフィロスみたいな長い銀の髪をしている。
ああ、でも女の人だ。すごく綺麗な女人……モデルとかみたいだ。
……でも、やっぱり彼女のことも知らない……どうして、オレのことを兄さんなんて呼ぶんだろう……
「ヴィンセント……ちょっと様子がおかしいと思わない?」
女の人が口を開いた。
「……あ、ああ……」
「兄さん? 大丈夫? 俺たちのこと、ちゃんとわかってる?」
「……クラウド」
黒髪の人が、オレの手を握った。細い指に力がこもる。
「……ここ、どこ?」
オレはようやく声を出して、そう訊ねてみた。
不安げに顔を見合わせる、黒髪の人と銀髪の女の人。
「クラウド、ここはイーストエリアの病院だ。おまえは仕事中、事故に遭ったんだ……」
噛んで含めるように、黒髪の人が言った。
仕事……?
イーストエリア……?
何のことなの……?
イーストエリアってどこだよ? ここはホロウバスティオンじゃないか。
……レオンは? レオンはどこにいるの?
「……レオン」
ゆっくりと身体を起こすと、薬品くさい病室を見回した。
どこまでも、白い……白い部屋。
オレの見知った人々はいない。
「……レオン……どこ……?」
「……クラウド?」
黒髪の人が、不安げにオレに呼びかけた。
「……だれ? どうしてオレの名前、知ってるの?」
「……クラウド……!!」
紅い瞳が大きく瞠られる。
「兄さん……俺たちのこと、わからないの?」
『俺たち』? 『俺』……?
「……男の人なの?」
セフィロスと同じ、長い銀の髪をした人に問いかける。
「俺の名はヤズー。兄さんの弟だよ。彼はヴィンセント……兄さんの一番大切な人でしょう……?」
「一番……大切……」
その言葉を繰り返す。
「……レオン」
「レ、レオン……?」
兎みたいな人がわずかに首を傾げる。
「ねぇ、レオンは? オレ、レオンのとこ、帰らなきゃ。ここ、オレの知らない場所だよ……早く、レオンのとこ……!」
「落ち着いて、兄さん」
立ち上がろうとしてよろけたオレを、ヤズーと名乗った人が支えてくれた。
「でも、オレ……わからない……知らない……」
「……兄さん?」
「だから知らないよ! オレ、『兄さん』とかじゃないから!」
「…………」
ここは、オレの見知らぬ世界だった。
ホロウバスティオンを覆う、どんよりとした黒雲もないし、ブルーの空がどこまでも続いている。
汗ばむほどに暑い気候……白いビーチに、宝石をひっくり返したような煌めく海……
……レオン、レオン! どこに居んの?
なんでオレのことひとりにすんの?
どこにも行かないって言ったじゃん……ずっと……ずっと一緒に居るって……そう言ってくれたのに……
どうして、オレ……こんなところで……独りぼっちで……
ずくずくと目の奥が熱くなってくる。
この人たちに、いろいろ聞かなきゃならないことがあるのに……気をしっかり持って、帰る方法を捜さなきゃならないのに……
「……うっ……うっ……」
ボトボトと涙がこぼれ落ちる。
「……クラウド……」
黒髪の人が、そっと……やさしく…… それこそ、レオンみたいに、ハンカチで頬を拭ってくれた。
ああ、オレはこんなにも弱くなっている。
ずっとひとりで生きてきたはずなのに……一度でも、他人のぬくもりを知ってしまった心は、こんなにも脆くなってしまうのか。
「……クラウド……大丈夫だ……おまえの話を聞こう」
オレの髪を撫で、黒髪の人が、低くささやきかけた。女みたいに綺麗な人が、オレの荷物をまとめてくれている。
「……さぁ、クラウド」
背を支え、寝癖のついた髪を撫でつけてくれる。
「……でも……オレ……」
「いいから……大丈夫だから……」
「オレ……」
「落ち着いたところで……ゆっくり話をしよう」
黒髪の人……ヴィンセントさんは、まるで小さな子どもに語り掛けるように、オレにそうささやきかけた……