うらしまクラウド
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<8>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 

 午前2:16

 オレはタクシーで、家に戻った。

 細かな時間を覚えているのは、真っ暗な室内で、ほの明るいデジタル時計の数字が目に入ったからだ。

 この時間になるならば、アレのマンションに泊まってしまってもよかったのだが、今日はいささか酒が回っているようだった。

 コトを終えた後、アレが眠りに着くのを待ち、シャワーを浴びてから帰途についた。繁華街の近くなので、何時になっても容易に車が拾えるのは有り難い。

 

 この時間だと、ヤズーもヴィンセントも眠っているだろう。

 オレだとて、最低限のマナーは心得ている。家人の起こさぬよう、そっと裏口から入り、部屋へと戻ったのであった。

 乱暴に服を着替え、素肌にガウン一枚を羽織ると、けだるい身体を寝台へ投げ出し目を閉じる。

  

 今日は面白い出来事が多すぎて、アレと逢っていても興が乗らなかった。

 

 『クラウド……』

 いったいどこへ行ったのか……まったくバカなガキだ。

 あくせくと小金のために働く必要などないのに……昔からおかしなところで頑固なヤツだった。

 まぁ、あいつに何かあれば、オレにわからぬはずはない。

 それに、例の『クラウド』にも興味がある。一目オレを見ただけで、あそこまで恐怖に震えるクラウド……もうひとりのオレというものが存在するのなら、そいつはいったいどんな『セフィロス』なのだろうか?

 

 ……ああ、いや、いかん。

 さすがに今日は飲み過ぎだようだ。

 ……思考が……定まらない……

 

 カーテンをずらし、庭に続くガラス戸を空けると心地よい夜風が頬を撫でた。

 

 

 ……コンコン

 

 外の風の音に、消されてしまいそうなノックの音……

 眠りに引き込まれそうなオレを、弱々しい音が引き戻した。

 

「……? なんだ、誰だ、こんな時間に……」

 イロケムシか?

 いや、アイツは弟と一緒に居るはずだ。わざわざ深夜に起きてきて、オレの部屋を訊ねてくるとは思えない。 

   

 ……コンコン

 

「……開いている」

 オレは扉に向かって、声をかけた。

 

 ギィィィと鈍い音がして、扉が開く。

 意外にもそこに突っ立っているのは、『クラウド』であった。そう、昼間、オレの姿を一目見て、人事不省に陥った、別の世界の『クラウド』だ。

 

「……ほぅ、めずらしい客だな」

「…………」

 月明かりの中でも、真っ青な顔をしている『クラウド』。

 心なしか震えているようにさえ見えるのだった。

 

「……オレに何か用か? こんな時間に……クックックッ……」

 言葉の最後を強めに口してやると、彼は怯んだように息を飲んだ。

「……あ、あの……オレ……」

「…………」

「あ、あの……」

「立ち話もないだろう。……中に入ったらどうだ?」

「……え……で、でも……」

 途切れがちな『クラウド』の声。

「……今日はもう満足している。別にガキに手を出そうとは思わん」

「……え……?」

「いいから、早く入れ。オレは気が短い」

「ご、ごめんなさい」

 しおらしくもそうあやまると、ようやく扉を閉め、おずおずと中に入ってきた。

 だが、オレの寝転がっている寝台まではやって来ず、扉付近に立ちつくしたままだ。

 

「……どうした?」

 相当苛ついてはいたのだが、なるべく声に出ないよう気遣う。

「…………」

「オレに用があったのではないのか?『クラウド』……」

「…………」

「……フフン、こんなところまでやってきて、だんまりか?」

「……ご、ご、ごめん……なさい……オ、オレ……」

 哀れなほど声が震えている。やはり昼間の反応を鑑みるに、よほどの恐怖を植え付けられているのだろう。

 ……こいつの世界の『セフィロス』はどんなヤツなのか、ますます興味が沸いてくる。

 

「……そんなところでは話も出来ない……側に来い」

「……は、はい」

 返事だけはまともに返したが、歩みは亀並みだ。いかにも怖々といった様子で近寄ってきた。

 月明かりが『クラウド』を照らす。

 いつもは桜色に明るい肌が、今は紙のように白かった。

 

「……で? 何の用だ?」

「……ご、ごめんなさい……こんな時間に……」

「何の用かと訊いている。……顔を見ただけで斬りかかってくるほど、嫌っている人間相手にな」

 だらしなく頬杖を着いたまま、オレはそう言い放った。

 イロケムシたちから事情は聞いていたにもかかわらず、敢えて意地の悪いことを言ってやる。唐突に泣き出された側としては、これくらいの嫌みは許されるだろう。

 案の定、『クラウド』は蒼白だった頬を、カーッと朱に染め、あからさまに困惑したふうだった。

 

「ひ、昼間は……ご、ごめんなさい。オ、オレ……か、勘違い……でした」

 どもりながらも、なんとかそれだけ言うと、彼は勢いよく頭を下げた。その間、一度もオレと目を合わせようとはしない。

「ほぅ……わざわざ謝罪に来たというのか」

「……ご、ごめんなさい」

「フフフ……クラウド……」

「……え?」

 寝台から立ち上がり、かかしのように突っ立ったままのクラウドに並ぶ。

「……あ、あの……」

 オレが手を伸ばすと、彼は小動物が身を守るように、ビクッと身を竦めた。

 それにもかまわず、夜目にも金色に輝くくせ毛に触れる。子猫にしてやるように、静かに撫でると、『クラウド』はビクビクと上目がちにオレを見た。