うらしま外伝
 
〜招かれざる珍客〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<9>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 鬱陶しいほどににぎやかだった昼飯が終わり、オレは携帯片手に外出する。

 ……一応、彼の店へ。

 機嫌を取るつもりではないが、不愉快な誤解はといておきたかったからだ。それに……まぁ、支配人のことはオレも気に入っている。少なくともこれきりにするつもりはなかった。

 不快な思いはお互い様だが、意地を張るのもバカバカしいだろう。

 ……今のところ、そういう付き合いをしているのはアイツだけなので、ヤレないと溜まるし、自分で処理をするのは味気ないのだ。

 こんな思考、口に出したら、ヴィンセントあたりに泣いて咎められそうだが……

 

 この時間は開店前の準備時間だから、それなりにこちらの誠意も理解してくれるだろう。基本的には聡明な男なのだ。不毛な争いは互いに益がないとわかっているはずだと思う。

 玄関で段取りを考えつつ、靴に履き替えていると、おずおずとヴィンセントが声を掛けてきた。

「あ、あの……す、すまないのだが……セフィロス」

 ったく、どうしてこうコイツはいつもビクビクしていやがるのか。

「何だ。出掛けるのだが」

「あ、ああ。そ、その……もし、よければ、これを彼に渡してくれないだろうか?」

「……なんだと?」

「え、ええと……その……ネロたちの……この前の一件では迷惑を掛けたし……一度きちんと挨拶に行きたいのだが……なかなか機会がなくて……」

 綺麗な包みの品は、きっと菓子かなにかだろう。

「…………」

「……あ、あの……セフィロス?」

「どうしてオレがあの男の店に行くのだと思うんだ?まだそんな時間じゃないだろ」

「……ち、ちがうのだろうか? 私はてっきり君が昨夜の一件を糺しに赴くのだろうと思ったのだが……」

「…………」

「あ、す、すまない……不躾なことを言って……」

 きっと知らず知らずのうちに、ヴィンセントを睨み付けていたのだろう。彼は困惑した様子で包みを引っ込め、謝罪の言葉を探した。

「……別にかまわん。そいつをおまえからだといって渡しておきゃいいんだろ」

「え……あ……ああ」

「よこせ」

 乱暴にそれを受け取ると、突っ立ったままのヴィンセントを振り返りもせず、家を出た。

 適当に車を拾い、店に向かう。

 

 ……なぜだろう。

 ヴィンセントがあの男のことに言及するのがひどく不快だ。身代わりにしているオレの自意識が柄にもない罪悪感を感じさせるのだろうか……?

 それとも、まったく『身代わり』などと想像もしない、ヴィンセントの鈍感に苛立つのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 見慣れたクラブの入り口は、やはり夜に見るのとでは雰囲気が異なっている。どこか白茶けた、妙に古ぼけた印象に映るのが不思議だった。

 鍵の掛けられていない入り口から中に入ると、支配人はすぐにオレに気付いた。

「……セフィロス……?」

 と、切れ長の双眸を軽く瞠ってオレを見た。

「よう。開店前に悪いな」

「い、いえ。今日は何か御用でしょうか?」

 ……わかっているくせに。あえてそう訊ねてくる。

 この辺の駆け引きはずいぶんと手慣れたものだ。こういうのも悪くはない。いや、こういったジャブの打ち合いこそ、恋愛の醍醐味なのだと思う。

 ヴィンセント本体だったら、まったく理解できず、「何の用なのか?」と本気で訊ねてきそうだが。

「……ちょっと言っておきたいことがあってな。ああ、先に荷物を渡しておく。邪魔だしな」

「……? なんでしょうか、そちらは」

「ほれ、ヴィンセントからだ。この前の一件のことで、ずいぶんとおまえに対して気に病んでいるらしい。まともに挨拶に行く機会もないので、よろしく伝えてくれだとよ」

「……そんな……むしろお礼を申し上げたいのは私のほうですのに……」

 包みを手にすると、彼は柳眉を潜めてそう言った。

「あいつはああいう性格だからな。それにクラウドのガキやイロケムシもちょくちょく寄ってるんだろ。気にしないでもらっておけ。ヴィンセントのセレクトならそう悪いもんでもないんじゃないか」

「そんな……くれぐれもよろしくお伝え下さい。わざわざありがとうございました、セフィロス」

「用件はもう一つだ」

 本題を切り出す、オレ。

 支配人もそいつを待っているくせに、おくびにも出さないそぶりが憎々しい。

「勘違いされるのは不快なんでな。あらためて否定しておくが、昨夜の無銭飲食男とオレは無関係だ。ツラを見たのも初めてだ」

「…………」

「あっちが勝手に懐いてきているだけで、オレにとっちゃ見ず知らずの他人だ」

 やや誇張した物言いで告げておく。くれぐれもラグナに二度とこの店に来るなとさえ言いつけておけば、支配人とヤツがふたたび会うことはあるまい。ならば、現在我が家に滞在しているということを知られることもない。

「……別に私は……その、貴方のプライベートに口出ししようとは……」

 目線を合わせず、独り言のように彼はつぶやいた。色白の頬が薄桃色に上気している。

「だから機嫌を直せ」

 とオレは言った。立ち上がり、そのままカウンターの中の彼に近寄る。

 手を伸ばし頬に触れても、彼は抗いはしなかった。

「……セフィロス……」

「おまえのヤキモチ姿も可愛らしいがな。触れ合えなくなるのはお互いつらいだろう?」

「……あ……」

 何か言おうとした彼の言葉は声にならなかった。

 当然だ。オレが唇で彼の口を塞いだのだから。