うらしまリターンズ
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<1>
 
 ヤズー
 

 

 

 

 

  

「ヴィンセント、どうか、身体に気を付けてね……ちゃんと食べて……夜は早く休むんだよ?」

「……ああ」

「ヴィンセントは真面目な人だから、無理だけはしないでね」

「……ああ」

「じゃ……俺、もう行くね。本当に身体だけは大切にして。……できたら……たまにでいいから俺のこと……思い出して……」

「……え? あ……ああ、わかった」

「さよなら、ヴィンセント……大好き。最後に……いいかな?」

「……あ……え……? あ、あの……」

「ヴィンセントが俺のこと忘れたりしないように……いつまでも愛してるって覚えてて欲しいから……」

 

「いいかげんにせんか、クソガキ!」

「あのさ……いつまでやってんの、兄さん?」

 セフィロスと俺は、いささか冷ややかな口調でそう指摘した。

「たかが荷物の配達に行くだけなのに……大げさにもほどがあるんじゃない?」

「うっさいな!邪魔すんなよッ! いつもみたく日帰りじゃないんだぞ!三日か……下手をしたら四日も離ればなれなんだぞッ!」

「アホかおまえは。たかが二、三日程度で……」

「三日か四日ッ!」

 ……玄関口で、かれこれ15分近くこんなやり取りを続けているのだ。

 

「いいじゃない。その代わり報酬がすごくいいんだから」

「ホレ、さっさと行け、クソガキ」

「うっさいな、邪魔すんなってば、ふたりとも!」

 しっかとばかりに恋人を抱きしめたまま、クラウド兄さんは文句を言う。もちろん、腕の中のヴィンセントは為されるがままだ。

 

「俺はこれから三日間もヴィンセントに会えないんだぞ! いいか、アンタら! 俺の留守中、ヴィンセントに迷惑かけんなよ? ちゃんと守ってくれよ!」

「家中で、もっとも迷惑かけてるオマエが居なくなるわけだから大丈夫だ。平和な三日になるだろ。安心しろ」

 ぽんと兄さんの肩に手を乗せ、厳かにセフィロスが宣った。もちろんからかっているのである。

「黙れセフィロス、このこのこのーッ!」

「じゃれつくな、ガキが!」

「よ、よしなさい、クラウド」

「だってセフィが〜ッ!」

「お、落ち着け、クラウド…… 私は大丈夫だから……それよりおまえのほうこそ、気を付けてくれ。事故など起こさぬよう、十分注意して……」

 セフィロスに殴りかかる兄さんを宥め、ヴィンセントは噛んで含めるようにそう促した。

「うん……わかってるよ、大丈夫。 ……じゃ、行ってくるね、イヤだけど」

「ク、クラウド……気を付けて」

「おみやげ買ってくるからね、ヴィンセント」

「おい、オレは酒にしろ。ブランデーがいい」

「あ、じゃあ、俺はアクセサリーがいいかなぁ。カダたちはお菓子とかでいいよ」

「アンタらには言ってないだろーがッ!」

 ケラケラ笑う俺とセフィロスに怒鳴りつける兄さん。

 

「クラウド……そんな気遣いはいいから……本当に気を付けて……その……あの……早く……帰って来てくれ……待って……いるから」

 尋常ならざる照れ屋のヴィンセントとしては、かなり頑張ったセリフと言えよう。単純な兄さんは、ひどく感動したように瞳を見開き、興奮に戦慄いた。……ここが寝室だったら、かなりヤバイ展開になりそうなほどに。

「ヴィンセント〜ッ」                         

 背伸びをして、ギュウギュウと恋人の細い身体を抱きしめ、兄さんはほとんど力ずくでヴィンセントに口づけると、ようやく家を出たのであった。

 

 季節はほんの束の間の秋の初め……

 まだまだ汗ばむ日の多い、南国の初秋であった……

 

 

 

 

 兄さんに日掛けの仕事が入ったのは一ケ月も前のことであった。

 別荘地という土地柄、運送業を営む輩は少ない。どちらかというとルーズな『ストライフデリバリーサービス』が、かなり流行っているのは、南国の気質と競合他社がないからだと推察される。

 そうそう、足かけ三日程度の運送業務は、実はWROからの以来だった。DG事件からたくましくも復興を果たしつつある彼の組織は、本拠地の地盤を固めると同時に、周辺近隣地区にも、協力者を養成するようになっていた。

 詳細は知らないが、兄さんの荷物は、CD−R数枚らしい。わざわざクラウド兄さんに、局長直々に依頼するということは、それなりに危険を伴う仕事なのだろう。

 ヴィンセントが兄さんの身柄を心配しているのはいつものことだが、殊の外今回、身辺の安全に注意を促しているのはそういった事情もあったのだ。

 

「あー、やれやれ、うるさいのがいなくなったからな。のんびりできるぞ」

 ゴロリとソファに転がるセフィロス。

「ハハハ、そうだねェ、兄さんはちゃかちゃか動き回る人だから。あ、ありがとう、ヴィンセント」

 セフィロスにはコーヒー、そして俺にはフレーバーティーを淹れてくれるヴィンセント。ちゃんとコーヒーはブランデー入りだし、フレーバーティーもカップを温めてから淹れてくれるのだ。

 自分の淹れたものより、ヴィンセントが手づから注いでくれたヤツのほうが遙かに美味しく感じるのは、きっと飲む人のことを考えて、丁寧にやってくれているからだろう。

 ちなみに、彼のカップにはカモミールティーが注がれていた。

 

「……どうしたの、ヴィンセント……浮かない顔?」

 俺はとなりに腰掛けた麗人にそう訊ねた。ヴィンセントはあまり表情が豊かなタイプではないが、なんとなく今は沈んでいるように見える。

「兄さんが居なくて寂しい?」

「……え……あ……そんな……ことは……」

「おいおい、せっかくクソうるさいガキが三日も居ないんだぞ。おまえも羽をのばせ」

 無神経なセフィロスがそう言う。

「ちょっと、セフィロスってばヒドイ物言いするもんじゃないよ。兄さんはね、ヴィンセントにとって大切な人なんだから。……どうしたの? 何か気になることでもあるの?」

「……ん……いや……具体的にどうこうということではなくて…… ……ただ……」

「『ただ』……?」

「……なんとなく胸騒ぎがするんだ」

「どうした、浮気でも心配か? まぁ、あいつはやりたい放題のガキだからな。出先で好き放題やってくる可能性もなきにしもあらずだな」

 意地の悪いセフィロス。俺は適当にフォローを入れた。

 

「もう、ホント、セフィロスってば無神経だなァ。平気平気、兄さんはヴィンセントにベタ惚れだからねェ」

「……あ……そ、そんな……いや、いいんだヤズー……そういうことではなくて……何なのだろう」

「ほらほらそんなに考え込まないでさ。とにかく兄さんが丸三日いないのは確定なんだし。ヴィンセントもゆっくりしなよ」

 そういうと、おとなしやかな彼の人は、わずかに躊躇した後、静かに頷いたのであった。

 

「ねぇ、じゃ、今日はみんなで外食しよ! 懐石でも食べに行こうよ!」

「懐石ィ? もっと食いでのあるヤツにしろ、イロケムシ」

「ヴィンセントは和食が好きなんだからね」

「あ……いや……私は……何でも……」

「仕方ない、晩飯は譲ってやる。その代わり昼はオレのほうだぞ。ワールドポートセンターに気に入りのブランドが出店した。おまえに似合いそうなヤツを見繕ってやる」

「え……え……で、でも……申し訳な……」

「俺にも買ってよ、セフィロス」

「女どもに貢がせりゃいいだろ」

「あ、ちょっ……ヤダなぁ、何ソレ? 俺、そういう不実な男じゃないからねェ」

 と、まぁ、そんなこんなで、穏やかな時間は流れていった。

 兄さんだけはいないけど、常と変わらぬ平穏なコスタデルソルでの日常だ。