うらしまリターンズ
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<10>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 

「開いている」

 両足をテーブルに乗せたまま、ガシガシと髪を拭きながら、声をあげた。すでにオレの髪は背の中ほどに届くまでに伸びている。

「失敬する……セフィロス……ローブを」

「ああ」

 洗い立てのローブを受け取る。それはコスタデルソルの太陽の熱が染みこんだように、暖かく健康的な香りがするのだ。

 

 ヴィンセントは、洗い物を置いた後も、しばらくその場で所在なさげに突っ立っていた。

「…………」

「どうした?」

「あ、いや……す、すまない……そ、その……」

「なんだ?」

 ヴィンセント相手に急かしても致し方がない。こいつは何か一つ物を言うのにも、いちいち逡巡する。

「……あの……さきほど……レオンと外出していたが……差し支えなければどのような話を……」

「フフン、なんだ、あいつが気になるのか?」

「え……? ええッ? ま、まさか……いい人だとは思うがそんなつもりは……」

 面白いほどに、ボッと赤面して否定するヴィンセント。何もそこまで恥じらう必要はないと思うのだが。

「た、ただ……」

「ただ、なんだ? あいつはおまえのことを誉めまくっていたぞ。唯一、ヴィンセント『さん』だしな、クックックッ……」

「え……あ…… そ、それはレオンが私に気を使っているだけだと思う」

「せっかくだから、背中でも流してもらえばどうだ? クラウドのガキより、見所のありそうな男だぞ」

「……セフィロス……」

 ついつい調子に乗ってからかいすぎた。

 わざわざヴィンセントが、オレの部屋に留まってさえ、訊ねたかったこと。それを単純にレオンへの興味と解したのは誤りだったのだ。

 

 

 

 

「……電話が通じないんだ……」

 そうつぶやいたヤツの声音は、今にも泣き伏しそうなほどに、暗鬱でつらそうだった。

「……さっきから……何度も何度も……かけているけど……」

「……ヴィンセント」

「クラウドはめったに電源を切ったりはしないから…… 出たくても出られないのだと思う。事故……だったら、病院やそういう機関から連絡が入るはずだし…… でも、それも……ないし……」

 涙がこぼれそうになったのだろう。目線を外して俯いた。オレはよくコイツに『泣きクセを直せ』と言ってやるので、見られたくないのだろう。

 

「……レオンがここにいるということは、おそらくこの前と同じだろうな。あいつはホロウバスティオンとやらに居るんだろう」

 やや素っ気なくそう告げた。

「…………」

「携帯電話が入らないのも当然のことだ。こことは次元の異なる世界なのだからな」

「きっと……クラウドは、慌ててバイクを飛ばしていたのだと思う。彼はせっかちだし、いささか慌て者だから……」

 うつむいたままヤツがつぶやく。

「まぁな、オレとイロケムシがからかってやったからなァ」

 フンと鼻で笑いつつ、そう言ってやると、あからさまに驚いたように取りなした。

「あ……あの、ち、違うんだ。別に君を責めるつもりなど……毛頭なくて…… ただ、あのとき、もう少し、私が気の利いた対応をしていればと……」

「……おまえが自分を責めるのはまるきりお門違いだろ」

「……セフィロス」

「そうだな。おまえの言うとおり、あのドジなクソガキのことだからな。きっと勢いあまって、すっ転んだんだろ。そしてレオンがこっちの世界にやってきて、あの子が向こうへ行った……か」

「……やはり、君もそう思うのか」

「他に考えようがないからな。からくりはわからないが、この世界にはいくらでも不思議なことがある。よくよく考えてみれば、オレのようなヤツが存在することだっておかしな話だ。自然の摂理とやらに反しているのではないか」

 クックックッと皮肉を含んだ言葉を口にすると、ヤツの柳眉がキリリと持ち上がった。

「君は……! 自身のことをそんな風に考えていたのか? ダメだ、セフィロス。そんな考え方はいけない……ッ!」

 まるでグレた息子に諭すような物言いで説得するヴィンセント。ついさっきまで、クラウドのことで泣き出しそうな面持ちをしていたというのに。まったくコイツは他人事ほど真剣に深刻になるのだ。

「君がこうしてこの場所に居ることが、おかしなことだなどと言わないでくれ。君は私に……私たちにとってかけがえのない大切な人なのだから」

「ああ、わかったわかった。そんな顔をするな」

「君はとても優れている人だ…… その君が自分のことをそんな風に言うのなら……私のような人間は……」

「わかった!わかったから泣くな! ったく面倒くさいヤツだな!」

「……う…… ……ッ……」

「チッ! ほら、顔を拭け! イロケムシにでも見られてみろ、また厄介なことになる」

 さきほどヴィンセントが持ってきてくれた洗い物の中から、手布を放り投げてやる。ヤツは紅い瞳に涙をいっぱいに溜めて泣き出すのをこらえていた。

 ため息を吐きたくなるのを寸でのところで止め、言葉を続けた。

 

「とにかくクラウドのことは心配するな。この前もひょっこり帰ってきただろう。とりあえず、入れ替わったレオンが無事でいるんだ。あのガキだってそう簡単にくたばるタマじゃないだろうよ」

「そ、そう……だな」

 ハンカチで顔を押さえながら、コクコクと頷くヴィンセント。

「わかったら、さっさと風呂に入って寝ろ。猫が待ってんだろ?」

「ん……」

 ようやく顔をあげて頷く。まったくクラウドといいコイツといい本当に手が掛かる。

「すまなかった……取り乱して」

「もう慣れた。とにかくおまえは悪い方へ考えすぎる。もう少し楽にしろ」

「……すまな……い」

「いいか。さっきも言ったとおり、気を楽にしろ。ちゃんと食って、暖かくして寝ろ。いいな? わかったな?」

「……ん……わかった……あ、ありがとう……セフィロス」

 涙の跡は残っているが、ようやく落ち着いてくれたと思った時だ。

 

 タンタンタンッ!!

 

 力強いノックの音……

 ……どうやら、レオンという男も間の悪さは、クラウドといい勝負らしい。

 端的なノックの後、すぐさま確認の声が掛かり、扉が解放される。まるで刑務所の看守か、全寮制学院の寮長のごとき、規律の良さだ。

 

「セフィロス、夜分遅く済まない。少し時間をもらっていいだろうか!」

 いやいや、そこは『!』ではなくて、問いかけの『?』マークだろう。常にコイツの物言いは礼儀正しくかつ断定的なのだ。

 オレが返事をする前に、ズカズカと扉を開けて入ってくる。

「……あ……レ、レオン……?」

「…………うッ?」

 ヴィンセントが驚いて顔を上げる。泣き濡れたそれを見てレオンは固まった。

 ……おいおい、『うッ』と呻きたいのはオレのほうだろうが……

 

「あ、いや……失敬した。そんなつもりでは……こ、これで失礼する」

 慌てて出て行こうとするヤツを止める。

「そんなつもりとはどんなつもりだ。何でもない、気にするな」

「だ、だが…… ヴィ……ヴィンセントさんが……」

「すまない……な、なんでもないんだ。私の用件は済んだから…… お、おやすみ……レオン、セフィロス」

「あ、ヴィンセントさん!」

「いいから放っておけ」

 パタンと静かに扉が閉められた。

 

「……ヴィンセントさん」

「大丈夫だ。風呂に入って早めに寝ろと言っておいた」

「でも……」

「……おまえに心労をかけるのはアレの本意じゃないのだろう。気づかないふりをしていてやれ」

「…………」

「おまえは初めてこっちの世界に来たのだろうが、あのガキは二度目だ。最初は運良く戻って来れたが、仕掛けがわかったわけではない。……ヴィンセントはクラウドを大切に思っている。だから不安なんだろうよ」

 湿った髪をもう一度タオルで拭いつつ、くどくどと説明してやった。

 

「……それは理解できる。だが、俺に心労というのは……」

「おまえだって立場は同じだからな。どうやって戻ればいいのか、見当もついていない今、おまえの前で、不安に怯える様を見せたくないんだろう」

「……あの人は気遣いが過ぎる」

 ヤツはめずらしくもジェスチャーつきで、軽く両手を開くと頭を振った。

 今日、何度同じ言葉をいうつもりなのか、レオンはふたたびそう繰り返した。

「本当に……もっと楽にすればいいのに……」

「性格的なもんだろ」

「……ヴィンセントさん……」

 

「……で? オレに用事があったんだろ。何なんだ?」

「……ヴィンセントさん……」

「おい、聞いてんのか? レオン?」

「……本当に俺は無神経なヤツらしい」

 そうささやいたヤツの声音は、あまりに低く震えていて上手く聞き取ることが出来なかった。

「日頃から気をつけているつもりだったのに……」

「はぁ?」

「いつも自分の思考ばかりを優先させてしまう…… どうして気が付いてやれないのだろう……」

「おい、レオン!」

「……すまない、セフィロス。どうやらオレは相当無神経な男らしい」

 フッと疲れたような笑みを漏らし、ヤツはつぶやいた。

 ……疲れるのはオレの方だと思うのだが。確かに無神経と言えば無神経だ。

「ヴィンセントさんの心痛にも気づいてやれずに……自分が帰ることばかり口にして……」

「そりゃ当たり前だろ」

「そうじゃない!!」

 キツイ口調で言い返す。

「思いやりのある人間ならば、自身がこれだけ焦燥しているんだ。思い人の行方が知れぬヴィンセントさんの気持ちをはばかるのは当然のことだ。ただ戻ってくるのを待っていることしかできない、今のあの人の前で……俺は……俺は……なんて自己中心的な!!」

 クッと新劇ばりに唇を噛み、悔恨するレオン。

「……すまない……ヴィンセントさん……」

「いや……まぁ、アレだ。少し落ち着け」

 普段は化石のごとく無表情のくせに、一端激すると青天井のようだ。殊に自身を責める口ぶりは、熱がこもっている。

 

「アンタにも申し訳なかったな……こんな時分に……」

「いや、まだ10時前だろ」

「フフ……ほとほと自己中心的なおのれが嫌になる」

「おまえ、オレの話、聞いてるか?」

「話は明日だ、セフィロス。邪魔をしたな!」

 言うだけ言ってのけるのと、レオンは、海岸を歩く時の威勢の良さで、ザクザクと退室したのであった……

 

「なんつー……勝手なヤロウだ……」

 つい、ぼそりと口をついて言葉が漏れた。

 おのれを棚に上げて……と言われそうだが、このときは本気でそう思ったのであった。