うらしまリターンズ
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<19>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 

 

「う〜……クソ……おい、ヴィンセント、水!」

 翌朝……開口一番のセリフがそれだった。

 深酒したのは久々だが、我ながら情けなく思う。

 例の事件依頼、あまり飲み歩くこともなくなっていた。オレ自身、多少怪我をしたこともあるし、なにより、ヴィンセントが不安定だったからだ。

 最近は落ち着いたらしく、いつもの調子に戻りつつあったので、オレもそろそろ 常と変わらぬ生活に戻そうと思っていたのに……

 確かに昨夜は、多少過ごしたとは思ったが……翌日までこのザマとは……

 

「セ、セフィロス……大丈夫か……? まだ眠っていた方が……」

 レモン水を手に、おろおろとヴィンセントが言う。ひったくるようにして一気にあおると、沸き立った脳味噌がスーッと冷えたような気がした。

「美味い……」

「そ、そうか? もう一杯飲んだほうが…… さあ……」

「ああ、もらう」

 次の一杯も、ひと息に飲み干してしまった。

「……フ〜ッ……」

「落ち着いただろうか?」

「フン、オレは最初から落ち着いている……うっ」

「セ、セフィロス……? ほら……ソファに。肩を貸すから」

 謝罪の言葉ひとつ言うでもないオレに、小言すらも口にせず、かいがいしく世話をしてくれる。

 だが、ヴィンセントに身体を預ける前に、強い力が俺の二の腕をぐいと引っ張った。

 

「む……なんだ……おまえか」

 朝っぱらから、四角四面にクソ真面目なツラしやがって……

「俺に掴まれセフィロス。さすがに抱き上げるのはキツイ」

 そういうと、レオンは肩に腕を掛け、持ち上げてくれた。オレは身体にまったく力を入れていないが、こいつにとってはどうということもない重さらしい。

「あーあー……ダリ……」

 オレはずるりとソファに寝そべり、新鮮な空気を胸一杯に吸う。何度か深呼吸を繰り返せば、酒も抜けるだろう。

 一応、朝風呂を浴びてきたが、帰宅したのが今朝方だったのだ。コニャックの強烈なアルコールが、身体から抜けるのには、もう少し時間が必要に思えた。

「あ、あの、セフィロス……頭を上げた方がいいと思う……これを……あ……」

「いい、ヴィンセントさん、俺が押さえている」

 頭上で鬱陶しいやり取りが行われていると思っていると、ぐいと首の付け根を持ち上げられた。

「む…… なんだ?」

「アイス枕だ……冷凍庫で冷やしておいたから」

 ヴィンセントの声が耳の近くで聞こえた。 

 うっすらと目を開けてみると、すぐ頭上に、ヴィンセントの整った白い顔。わざわざ膝枕をして、その間に薄手のアイスピローを敷いてくれているらしかった。

 ……相変わらず、お節介のお人好し野郎だ。

 

「セフィロス、アンタはもう少し、私生活の在りように留意すべきだ」

 説教臭い物言いはレオン以外の誰でもない。

 どうやらヤズーはガキどもと出掛けているらしく留守だったし、ヤツ以外にこんなふうにオレに説教をかます輩は他にはいないのだから。

「チッ……クソ、おまえのようなガキに……」

「俺はまもなく26だ。ガキではない」

「……フン」

「久々だったから……少し酔いが回ったのかもしれないな……」

 オレをかばうように、ヴィンセントがささやいた。

「そうそう、久々の朝帰りだったからな。チッ……ドジを踏んだ」

「セフィロス!」

 厳しい声音で割って入ったのはレオンだった。だいたい言われそうなとは想像がつくが、ここは黙って聞いてやることにする。

 いちいち憎まれ口を叩くのも面倒くさかったし、あまりにもアイスピローの冷気が心地よかったからだ。

「セフィロス! 夜間外出するならば、せめてその旨をヴィンセントさんに伝えて行くべきだ。しかも泊まりならばなおのこと!」

「……レ、レオン……」

 オロオロと取りなしているのは、もちろんヴィンセント。

「アンタに親しい友人があるのはよいことだが、外泊するつもりなら、事前に申し伝えるべきだろう!」

「レ、レオン……も、もう、それくらいで……彼は具合が悪いのだから……」

「昨夜、ヴィンセントさんが何時まで起きていたと思っているんだ。アンタの不在が気に掛かって寝付けなかったんだぞ? もう少し、他者に配慮する必要があると思うが。」

「ひゃあぁ!」

 断固たるレオンの声に覆い被さるように、裏返った力無い悲鳴が重なった。

 

「クッ……ハハハ……ああ、そうだな、わかったわかった。オレが悪かった」

 降参とばかりに、軽く手をあげると、なおも言い募ろうとするレオンを押しとどめた。

「俺に謝罪しても致し方なかろう。ちゃんとヴィンセントさんに謝るべきだ」

「ああ、わかった。やれやれ……すまなかったな、ヴィンセント。『ゴメンナサイ』」

 テキストを読むようにそう告げると、ヴィンセントのヤツはカーッとのぼせたように頬を染め、次の瞬間我に返って青ざめた。

「あ、あ、い、いや、そんな……私は……た、ただ……す、すまない。ね、寝なかったのは私が勝手に……き、き、君は悪くは……」

「気が済んだだろうか、ヴィンセントさん」

「レ、レオン……ああ、もう……本当に……」

 両手で顔を覆うヴィンセント。

 それをどう解釈したのか、レオンのヤツは、

「こんな優しい人を泣かせるなんて、人として最低だぞ、セフィロス」

 などと、厳かに宣ったのであった。

 

 

 

 

「たっだいま〜。あー、暑い。やっぱ車で行けば良かった〜。カダたちはそのまま街の図書館行ってるから。今日は配達ないしね〜」

 イロケムシが帰ってきたらしい。この日差しの中、日焼けのひとつもこさえることなく、相変わらず生ッ白いツラをしている。もっともそれをいうなら、オレもどちらかというと日焼けしにくいタイプなので、エラそうには言えないのだが。

「あ……おかえり、ヤズー。お疲れさま、今、すぐに飲み物を……」

 と腰を浮かし掛けるが、立ち上がれるはずはない。オレが膝の上に横になっているのだから。もちろん、イロケムシのために退いてやるつもりなどない。

「あ、あの……セフィロス……もういいだろうか……」

「ハァ? 水なら勝手に汲んで飲ませりゃいいだろ。オレは病人だぞ? 労れ」

 居丈高にそう言ってのけると、ヤツはさも困惑したように、オレとヤズーを交互に眺めているようだった。オレは心地よく目を閉じているので、そんな様子を視認さえできなかったわけだが。

「も、もちろん、君がつらそうなのは、とても心配なのだが……」

「あー、いいよいいよ。甘えッ子セフィロスはそのままで。ホント、毎度毎度迷惑かけてくれるよねぇ!」

 ツケツケと叩きつけると、ヤツはさっさと冷蔵庫からビールを取り出して、一気飲みした。こんな仕草はいかにも男っぽいのだが、その様がまた外見のなまめかしさと相まって、不思議な気持ちにさせる。

 オレとしては、到底好みのタイプの野郎ではないので関心はないが、街中にはファンクラブができるイキオイらしい。

 

「あー、ヤバッ! 一缶空けちゃった! ビールって太るんだよねー」

「……ヤズーは細いのだから……そんなことを気にする必要はないだろう」

「って、ヴィンセントに言われてもね〜」

「いや、まさしくそのとおり。ヴィンセントさんにしても、ヤズーにしても、もう少し身体をしっかり作った方がいい」

「あ、ああ……そ、そうだな……本当に反省して……」

「あー、まったくだ。おまえの膝はゴツゴツしてて寝心地が悪い。もうちょっと肉を付けろ」

「あ、あの……す、すまな……」

「どーしてそこで謝っちゃうかなー、ヴィンセント〜」

「てめぇも気を付けろよ、イロケムシ。おまえのとりえはツラと身体だけなんだからな。その最悪の性格でブサイクだったら、刺されるぞ」

「セ、セフィロス……なんてことを……! ヤ、ヤズーは、とてもやさしくて……あ、頭がよくて……いつでも私に気をつかってくれて……」

「あ〜、ありがとね〜、ヴィンセント〜。あなたがわかってくれてるなら、俺もうそれでいいの〜」

 ……などという、いちいち、セリフにコメントを寄せずとも、誰が発したのか、一目瞭然の会話が繰り広げられた。

 とりあえず、剣呑とした雰囲気にはならない。ほとんど日常会話と化したやり取りだからだ。

  

 トゥルルルル トゥルルルル!

 

 家の電話が鳴ったのはちょうどそんな時であった。