Wet season Vacation
〜アイシクルロッジ in ストライフ一家〜
<1>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 ビョオオオォォォォォォ! ゴオォォォォォォ!

 

 ここはコスタデルソルではない。なぜなら、ここは吹雪いている。

 そして、本気の吹雪というのは、上記のような音がするのだと、私は長年の経験で知っている。

 ……そしてクラウドはこの日、知ることになったのだろう……

 

 

「本ッ当〜にオマエは最悪だな! よくもまぁソルジャーになりたいなどと抜かしたものだッ!」

 私は吐き捨てるようにそう言ってやった。

「うるさいッ! 勝手についてきたのはアンタらだろッ! 俺はヴィンセントとふたりっきりで行くつもりだったんだからな!」

「兄さん、ひどいよ! 僕たちのこと、置いていくつもりだったの〜ッ?」

 一番小さなガキが怒鳴る。

「あ、いや……でも、その……仕方ないだろッ!」

「うるさいッ! ギャーギャー騒ぐなッ! クソガキども!」

「うるさいのはアンタのほうだろ! 神サマならなんとかしてくれよ、ええッ?」

 生意気に育ったクラウド。子どもの頃は私の腕の中で、びーびー泣いてたくせに。

 

「ほらほら、もういいかげんにしなよ、怒鳴ったって事態はよくならないんだから……大丈夫? ヴィンセント」

 私の思念体のひとり、ヤズーがすぐあとを歩くヴィンセントに声をかけた。三人の中で、一番気が利く……というかアタマが回るタイプの男だ。見た目は女と見まごうまでに整っているが、口にする言葉はけっこう毒がある。

「………………ああ」

 消え入りそうな声で返事をしているのがヴィンセント。元タークスで今はクラウドと一緒に暮らしている。

 その関係で言えば、私の恋敵という立場になりかねない男なのに、こいつに対しては、まったくライバル意識のようなものを抱けない。むしろこの覇気のなさ、軟弱さに、いらだちを通り越し、同情めいたものまで感じてしまう始末だ。

 

 

 さて、この悲惨な状況に至るまでの過程……かいつまんで話をすることにする。

 

 まずはこの場所。

 アイシクルエリアの東北端、大陸でも極寒の地域であり、人々は唯一の自然資源である温泉を商いの手段にして細々と生活している場所だ。

 もっとも、「細々と」とは言っても、豊潤な温泉は各地の粋人たちに愛され、それなりの規模をもつ温泉街にはなっている。

 盆地を取り巻くように、温泉旅館、ホテル、そういった類のものが建ち並び、一年を通して客足がある。だが、一年中気温の低いアイシクルエリア、とりわけ「真冬」にあたるこの時期にやってくる連中は、よほどの物好きだ。

 なんせ、一歩間違えて、遭難などすれば、ひとたまりもない場所である。この寒さと止むことのない雪……

 いやなにも自然現象だけが敵ではない。

 アイシクルエリア独特のモンスターがうようよしているのだ。

 旅慣れた粋人たちは、注意深く正確なルートをとり、温泉街にたどり着く。寒さにしびれた身体を、この地の薬湯に漬ける心地良さは筆舌に尽くしがたいという。

 

 そう……クラウドも、雨期のバカンスにその粋人を気取ったのである。

 

 コスタデルソルの雨期……我々がコイツの元にやってきたのが、雨期に入る少し前あたりであった。

 雨期には海の波が高くなり、当然、海にはいることは不可能になる。観光客もぐっと減り、台風や悪天候がしばらく続くのだ。クラウドの仕事も著しく減るこの時期に、ヤツは以前から興味があった、この旅行を敢行したのだろう。

 まぁ、もっとも、あの子は誰かさんとふたりきりで旅路につくことを、もくろんでいたようだがお生憎だ。

 

 ……そしてその結果が、上記のようなやりとりになるのであった。

 

 ビョオオオォォォォォォ! ゴオォォォォォォ!

 

「……兄さん、ちょっと命にかかわりそうな感じだよ」

「ヤズー! 落ち着いてそういうコト言うなッ! よけいに怖いだろッ!」

「ねぇねぇ、兄さん、こういうの、遭難っていうんじゃないの?」

「さわやかに『遭難』なんて言うんじゃない、カダ!……遭難? ウソ……マジで?」

 クラウドは今さらながらに、おのれの置かれている立場を悟ったようであった。

 

「……ちょっ……ウソ、ち、ちょっと、道……見失っただけだろ?」

「でも、雪、降ってるよね……ヤズー」

「ああ、横殴りの雪を吹雪って言うんだ、カダ。おーい、ロッズ、生きてるか?」

「……寒いよ、ヤズー……」

 青ざめた巨躯のロッズがつぶやいた。

 

「ええッ……ちょっ……いや、だって……地図、こっちだって書いてあるんだもん! そんな……遭難だなんて不吉な……」

 無鉄砲なように見えて、アドリブに弱いクラウド。すでにぐちゃぐちゃに皺の寄った案内図をぶんぶんと振り回す。

「『だもん』じゃないだろう! おまえという子は本ッ当〜に、いくつになっても……ダメダメなガキだな!」

「セ、セフィロス……そんな言い方は……」

 オドオドと及び腰でとりなすヴィンセント。彼の声が震えているのは寒いからなのか、私相手に緊張しているのかはわからない。

「おい、貴様も付き合いを考えたほうがいいんじゃないか? こんな子どもの相手をして何かいいコトあるのか、ヴィンセント!」

「そ、そんな……」

「こんなガマンのきかない、下手くそのクソガキなんぞ、どこがいいんだか……」

「…………」

 話が反れているのを自覚しつつも、私は本音を述べた。沈黙するヴィンセント。

 

「わーわーわー! うるさーい! 子どものころと一緒にすんなッ、セフィのバカッ! ね、ねぇねぇ、ヴィンセント、俺のことキライになんないよね? ね? アンタのことだけは、絶対俺が何とかするからッ! 歩くのつらかったらおんぶしてあげるから!」

「ク、クラウド……そんなことは……」

「フン、おまえがコイツをおぶったら、足が着いてしまうだろ、チビ」

「セフィロス〜〜っ!」

「兄さ〜ん、僕もおんぶして〜」

「カダは若いんだからがんばんなさい!」

「ちぇ〜〜〜」

 

「……でね、話戻すけどね、兄さん……この状況で3時間近く歩き回ってるんだよ。誰がどう考えても、道に迷ったとしか言いようがないと思うよ」

 冷静な声で、厳粛な事実を告げるのは、ヤズーであった。

「そ、そんな……遭難……?マジで?」

「マジで」

「……お、俺のせい……?」

「まぁ、端的に言えばね」

 あっさりと頷くヤズー。

 いたたまれないように顔を伏せるヴィンセント。

 

「ど、どどどどどどうしよう……」

「クラウド……落ち着け」

 背後からそっとヴィンセントが肩を叩く。

「ヴィ、ヴィンセント、だ、大丈夫だからな! そんな不安そうな顔するなッ! 俺がついてるからッ!」

 ひどく不安げな面差しで、叫ぶように言うクラウド。

「……やれやれ、ちょっと冗談ゴトじゃなくなっちゃったねェ。どうしようか」

「ヤズー、僕、疲れたよ」

「俺だって疲れてる!」

 覆い被せるように言うクラウド。まったくガキ二人に辟易とする。

「兄さん……カダージュ……少し待ってよ。ねぇ、セフィロス」

 唐突に私に声をかけるヤズー。こいつの考えていることは、私にもよくわからない。

 

「なんだ」

「俺たち、この辺の情報はまったく知らないんだよね。あなた、なにか心当たり、ない?」

「……フン、この吹雪ではな」

「まぁ、そうだよね。一応、地図があるから雪が止んでくれれば、動きようもあるんだけど」

「そうはいっても、黙って突っ立ってたら死ぬぞ。ほら、もうそこに死にかかっているヤツもいる」

 蝋人形のように真っ青なヴィンセントを指差して言ってやった。

「うわぁぁ、ヴィンセント、しっかりーッ!」

 あわてるクラウド。それを無視して、私はとりあえず、状況判断能力が同レベルに近いヤズーに提案した。

「このまま歩き回るのには限度があるだろう。確か、この雪原の東端に小さな集落があったはずだ。……まぁ、かなり昔の話ではあるがな。希望があるとしたら、そこだけだ」

「さすが、セフィロス」

「フン、そこのクソガキと一緒にするな。……コンパスはあったはずだな」

 私は言った。

「うん、俺が持ってる。東……この方向だね」

「内陸に入り込み過ぎていなければ、30分程度で着くはずだが……この雪だからな」

「とりあえず、急ごう」

 ヤズーがコンパスを確認して、先導した。

 

「ヴィンセント、聞いたかッ? もう大丈夫だからな! 後ちょっとで村に出るからッ!」

 とたんに元気を取り戻す現金なクラウド。

「おい、ガキ。必ずしもその村が、今も残っている保証なんてないんだぞ」

「セフィ、そういうこと言うなよ! 大丈夫、ぜったい大丈夫だからな、な? ヴィンセント」

 必死に元気づけるクラウド。ヴィンセントは曖昧にうなずくだけだ。本当に具合が悪いのだろうか。

 

「……おい、おまえ」

 クラウドがカダージュたちのところへ駆けていった後に、声をかけてみる。心配する義理はないが、足手まといになられるのはゴメンだ。

「え……あ……セフィロス?」

「どうした、死にそうか?」

 とんでもない訊き方をしてやる。

「い、いや、まだ大丈夫そうだ」

「……ずいぶんと歩きづらそうだが?」

「あ、ああ、この雪だから……心配かけてすまない」

「別に、ただ訊いてみただけだ」

「あ、足手まといにならないように気をつける」

 ヤツは、まるで私の心を見透かしたかのようにそう言った。

「フン、せいぜい必死についてこい。貴様に何かあるとあのガキがうるさい」

「……あ、ああ」

「あ、ちょっと! セフィ、ヴィンセントに何言ったんだよッ! ヴィンセントを困らせるようなこと言ったら許さないぞッ!」

「今、我々はおまえに困らされまくっているのだがな」

「うっ……」

 顔を真っ赤にして、唇を噛むクラウド。

 やはりこの子は可愛い。多少口が悪くなっても、そんなところでさえ魅力のひとつにしてしまえるほどに。

「わかったらさっさと行くぞ」

「うう〜……」

「大丈夫だ、クラウド。そ、その……セフィロスは私を心配して声をかけてくれたのだ」

 上に「馬鹿」がつくほどにお人好しのヴィンセントが、クラウドに説明している。

 

 ビョオオオォォォォォォ! ゴオォォォォォォ!

 

 さらに吹雪が激しくなった。

 私たちは一縷の望みをかけて、かつてあったはずの渓丘の村落に向かった……