IN Wonderland
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<1>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 日曜日の朝食の時間だ。

 今日はクラウドの仕事も休みだし、いつもよりのんびりした雰囲気である。そうはいっても、皆の食欲は十二分におう盛で、バスケットのパンが無くなるのも早かったし、十分すぎるほどに作ったスープも底を突きそうである。

 いや、何はともあれ、慣れた朝の風景だった。

 

 私からの願い事を口にするならば、今しかない。

 家族全員揃っての場でなければ、なんだか不公平な気もするし、私としても納得のいくシチュエーションであるからだ。

 

 ドキドキと高鳴る胸を押さえつつ、すでに終盤にさしかかった食卓で、私は口を開いた。

「あ、あの……みな……」

 食事に集中していた全員の目線が私に注がれる。

 自分としてはやや大きな声を出したつもりだったから、びっくりさせてしまったのかもしれない。

「あ、あの、す、すまない。ちょっと聞いて欲しいことがあって……」

 

「どうしたの、ヴィンセント。ああ、いいよ、お茶なら俺が淹れるから」

 とヤズーが席を立った。

「あ、い、いや、ヤズー、座っていてくれ。そ、その、たいしたことではないのだが、願い事があって……」

「何、どうしたの、ヴィンセント」

 デザートのフルーツを食べながらクラウドが訊ねてくる。

「あ、あの……少しの間、りょ、旅行に行きたいと思っているのだ」

 や、やった。ようやく言えた。

 どこか後ろめたい気分を押し殺し、私はずっと念願だったそのことばを口にしたのであった。

 

「旅行?めずらしいね、ヴィンセントがそんなこと言い出すなんて」

 ヤズーの言葉に、カダージュもロッズも不思議そうに頷く。

「いいんじゃない。ヴィンセントが自分から言い出すなんて、いい傾向だし。でも、家族旅行って、いい思い出がないよね~。雪山で遭難しかけたこともあったし、この前のクルーズではまたワケわかんない世界に飛ばされたし」

 クラウドがうんうんと頭を振りながらそんな風に言う。

「アホか。雪山遭難は完全におまえのせいだろ」

 セフィロスが冷ややかにいう。

「うっさいな、あれは事故!事故なの!」

「まぁまぁ、兄さんもセフィロスも。それでヴィンセント、行きたい場所があるんだね。言ってみてよ。まぁ、ヴィンセントが行きたい場所なら俺はどこでもOKだけど」

 ヤズーの言葉に、子どもたちが頷く。

 

 だが、ちがうのだ。

 そうではないのだ。そうじゃなくて……

 

 

 

 

 

 

「あ、あの、ひ、ひとりで行ってきたいと……そう思っているのだ。そ、そんなに長い期間のつもりもないし…… ちゃんと銃も持っていくから、あ、安心だし」

 なんとか取り繕って、軽い物言いでそう告げると、ダイニングは一瞬静まった後に、

 

「え~~~~~~ッ!」

 という大合唱になってしまった。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、ヴィンセント!ひとりで行くつもりなの?あ、いや、違うんだよ、ヴィンセントだって、一人で好きなところに行く権利はあるんだけど、でも……」

 いつもは穏やかで落ち着きのあるヤズーが、慌てたようにそう言う。

「何言ってんだよ、ヤズー。ヴィンセントひとりでなんてダメだよ。いくら銃持ってるからって、危ないだろ!嫌だって言っても、俺は着いていくからな!」

 怒ったように叫ぶのはクラウドだ。頬が上気して赤くなっている。

 こんな風に心配してもらえるのは有り難いのだが、行きたい先は家族総出で大挙しておしかけるような場所ではない。それでは相手に迷惑がかかってしまう。

 

「そ、その、場合によっては、可能ならばジェネシスに付き添ってもらえるかもしれないし……」

 ついそうつぶやいてしまった私は、何と愚か者だったのだろう。

 案の定、クラウドが形の良い眉をきりきりと吊り上げ、

「はぁぁ!? 冗談じゃないよ、ヴィンセント!」

 と、怒鳴り、ダンと席を立ち上がった。カダージュたちがびっくりして、クラウドを見つめる。

「あんな下心満々で、ヴィンセント狙っているヤロウと一緒に行かせるわけないだろ!そんなの絶対ダメ!」

「ち、違うのだ。別にジェネシスと同行するつもりはないのだ。もともとひとりで行こうと思っていたのだから」

 私の言葉に、セフィロスまでも怪訝そうにこちらを眺めやる。

「ねぇ、ヴィンセント、どこに行くつもりなのか教えてよ。仮に一人で行くとしても、行き先くらい言ってくれなくちゃ」

 ヤズーがあまりにももっともなことを、噛んで含めるように言う。

 こう訊ねられることは予測していないわけじゃなかった。仕方なく私は口を開いた。

 

「そ、その……あの……私……私も、ホロウバスティオンに行ってみたいと思って……」

 おずおずとそう言うと、ヤズーが目を丸くする。

 わずかな間隙の後、大きな笑い声が響き渡った。

 ……セフィロスだ。