IN Wonderland
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<5>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 テーブルの上には、美味しそうなスコーンとイチゴジャム、香りの良い紅茶が並べられている。

 紅茶を一口飲んで、ようやく私は、自身がものすごく緊張していたことに気付いた。

 よくよく考えてみればあたりまえだ。生まれて初めて『異世界』などに足を踏み入れたのだから。クラウドが一緒だとしても、緊張はぬぐえなかったのだ。

「紅茶が美味しい。とても喉が渇いていたことに気付いた」

 私はすぐに一杯目を飲み干すと、深いため息を吐いた。

「ヴィンセント、おかわり淹れるよ。どうしたの、喉渇いたって」

「いや……私はこちらの世界は初めてだからな。さすがに緊張してしまったようだ」

 かぐわしい芳香の茶をもらい、私は正直にそう言った。

「それにしても、よくそっちの人って、ホロウバスティオンに来られるよね。ジェネシスが来たとき、空間のよじれ?みたいのが見えるって言ってたけど」

 『クラウド』がそう訊ねてくる。

「ああ、今回もジェネシスにお願いしたのだ。どうしても私が君たちに会いたくなってしまって……」

「それ言ってあげたら、レオンもすごく喜ぶよ」

 パクパクとスコーンを頬張りながら『クラウド』が言う。

 『会いたかった』のは、レオンと『クラウド』だけではない。この世界の『セフィロス』の顔も見たかった。だが、この子の目の前でそれを口にしないように注意する。

 

「レオンは忙しいのか?」

 我が家のクラウドが、二個目のスコーンに手を伸ばして、そう訊ねた。

「まぁね、よくアンセムの城に行ってる。コンピューターいじってるらしい」

 よくわかっていないのだろう。『クラウド』がそんな風に言った。

「レオンは真面目なんだよ。家に居ても、難しい資料読んでたりするし、マーリンの家にもしょっちゅう顔出して、分析の手伝いしているみたい」

「『してるみたい』って、おまえはやんなくていいのかよ」

 と、我が家のクラウドだ。

「もちろん、俺だって手伝っているけど……レオンみたいに、バリバリで頑張るのは性に合わないんだもん」

 どうやら、どちらの世界のクラウドも、コンピューターと小難しい文献は苦手らしい。そんなことを微笑ましく感じていると、表からバイクの音が聞こえた。

 どうやら、レオンが帰ってきたらしい。

 

 

 

 

 

 

「クラウド……ヴィンセントさん!」

 居間に入ってくると、レオンはさすがに驚いたらしく、普段はあまり表情の現われない目を大きく見開いた。

「し、失敬……留守中に、ちゃっかりと上がり込んでしまって」

「チュース、レオン!相変わらず小難しいツラしてんなぁ。またなんかあったのかよ」

 私、クラウドの順に彼に声を掛ける。

「久しぶり……でもないか。ふたりとも元気そうで何よりだ」

 レオンがそう言った。

 表情は明るいが、寝不足なのか目の下にクマができている。生真面目なこの青年は、ホロウバスティオン再建委員として、日夜努力を積み重ねているのだろう。

 それに今は、『クラウド』だけでなく、『セフィロス』の件もある。気が休まるときはないのでは無かろうか。ついつい老婆心でそんなことを考えてしまった。

 

「もう夕方だな……よければ、今夜の食事は私に作らせてくれないか。あるもので間に合わせるから」

 と言う私の申し出を、とんでもないというように遮った。

「せっかく訊ねてきてくれたのに、そんな面倒は掛けられない。あなたはのんびりくつろいでくれ」

「もてなしは十分『クラウド』からしてもらった。だから夕食くらい作らせてもらいたい。ああ、ジャガイモににんじんに……野菜がたっぷりあるな。これらと何か肉があれば、ポトフなどどうだろう。今夜は気温が下がりそうだ」

「コスタ・デル・ソルに比べるとここは寒いからな。肉は牛肉と豚肉が……」

 レオンが冷蔵庫を確認してそう言った。

「これだけあれば十分だろう。ポトフならば今から煮込めば、美味しくなるだろう」

 そう言って私はキッチンに立ち、さっさと材料のジャガイモを剥き始めてしまった。

「レオンは少し疲れた顔をしている。『クラウド』に茶を淹れてもらうといい。とても美味しかった」

 私の言葉に、『クラウド』がさっそく席を立ち、レオンの分の茶器の準備をし始めた。

 レオンはどこか所在なさげに立ちつくしていたが、手にしていたファイルを置いてくると言って、部屋を出て行った。

 

「毎日、この調子で再建委員とやらをやってんのかよ」

 クラウドが、同じ顔をしたもうひとりの『クラウド』にそう訊ねた。

「いつもはもっと帰りが遅いくらいだよ。まだ夕方でしょ、今日なんて全然早いよ」

 と『クラウド』が応える。

 レオンはずいぶんと無理をしているのだろう。再建委員の仕事のこともそうだが、『セフィロス』への想いが募るのだろう。生真面目な彼は、『クラウド』をないがしろにすることもできない。

「なかなか大変なことだな……」

 と、つぶやいたときに、レオンが居間に戻ってきたのであった。